「っくし、…ゔー、さっぶ…。」

北風の冷たさに負けてどの強い黒縁眼鏡が少しずり落ちるのにも目を瞑り、ポケットに両手を突っ込んだまま2周巻いた赤いマフラーに口元を埋める。
上京して初めての冬は、地元の刺すような寒さに比べればなんてことないと思っていたが、太平洋側の冬もやっぱり寒い。冬の帰省をテキトーな理由をつけてやめた今年は、特にその寒さが身に染みた。

青池 悠人(あおいけ はると)19歳。大学1年生。具体的な夢も学びたいこともなく、ただ大嫌いな地元を離れたい一心で上京した。選んだ学部だって、両親が納得するだろうという打算で選んだ薬学部だ。

今日の講義は1時間目から。校門から敷地内の方々に敷かれた煉瓦造りの路面は、夜中から早朝にかけて降っていたみぞれで凍っている。前を歩く人達は、恐々歩いているせいで不自然に小さい歩幅。たまに滑ってバランスを崩す人もいる。



冬でも気持ちよく晴れている日の多いこの街も、この1週間は薄暗くすっきりしない天気だ。明後日の夜、つまり日曜の夜からは雪が降るらしい。



雪のワードだけでも憂鬱になって深いため息が漏れる。まあ、どうせたいして積もらないから許してやるよ。




「おっはよー!悠人ぉ!相変わらず辛気臭い顔してんなぁ!」

後ろから突然後頭部を叩かれた。曇り空を切り裂くような明るい声に、僕はうんざりして振り返った。