聞けば、4人ともなかなかの恋する乙女なエピソードを持っていた。ジェンダーレスな僕へのガードは緩いのか、彼女らは彼との関係を零すように語ってくれた。
「今も恋人を作る気はないのか?」
 僕は隣を歩く彼に尋ねた。彼は「そうだね」と遠くを見ながら答えてくれた。
「君を好きな子はクラスに何人も居るのに、一人も選ばないなんてね」
 僕も今、恋をしているから、皮肉めいた反応になってしまう。
「菅原さんとか可愛いじゃん。いっそ新しい子を試してみたら?」
 なんで僕が恋の斡旋をしてんだか。
 彼は首を横に振った。「きっかけもないのに無理だろ」ってさ。
「菊地さんはどうなの? 振ってからは大人しくなったみたいだけど」
 彼は小さく溜息をついた。「もう束縛は懲り懲り」って、苦笑いして。
「椋露地さんは? あの人が一番君のことを理解しているんじゃないの?」
 彼の反応は悪くなかった。けど、今のままが良いらしい。「一度別れてしまったのは、軽い擦れ違いがあったから。また同じことになったら嫌だ。恋人にならなくても上手くやれてるから、関係を壊すリスクのあることはしたくない」とのことだ。
「樺沢さんとの約束はどうするの? 忘れたわけじゃないんでしょ?」
 彼は悩んでいた。「彼女のことが好きじゃないわけじゃない。久し振りに再会できて僕も嬉しかった。ただ、僕は彼女を想い続けてきたわけじゃないから、再会の喜びだけで彼女を恋人に置くことに都合の良さを感じてしまう。彼女は結婚の約束のことを口に出さないから、きっとそこまでは覚えていないのだろう。彼女から迫られることもないし、約束を忘れられている限りは、僕から気を持たせるようなことはしたくない」という真剣な答えが返ってきた。
「この女たらしめ」
 僕は彼をつついてやった。

「じゃあ僕は? これでもきみのこと、好きなんだよ?」
 そう言ったら、彼は何て返すだろうか。僕の事を理解してくれている彼だから、気味悪がることはないだろう。驚くだろうか。受け入れてくれるだろうか。それとも、これで距離を取られてしまうだろうか。
 言えるわけないんだ。男子生徒の制服を着た分際で。
 僕らの通う高校はアイデンティティと制服の要望に寛容だった。女性として生まれた僕でも、希望を出せば、男子生徒の制服で通うことが許された。その代わり、トイレや着替えは男女のどちらにも混ざれない。アイデンティティの性と制服の性を混淆させるということは、男女のどちらでもないことを認めなければならない。それでも僕は男子の風貌で振る舞いたかった。
 仮にそんな人間を彼が恋人にしたらどうなるか。理解のない連中に同性愛だなんだのと揶揄われ、彼に迷惑がかかってしまうかもしれない。たとえ、彼が海よりも広い心で僕を受け入れてくれても、僕にとっては申し訳ない。
 言えるわけないんだ。でも、言わずにはいられなかった。

 岐れ道に差しかかって、僕は振られた。
 彼に振られた。
 振られたのが、手で良かった。「また明日」そう言ってくれる彼を、ここであと何回見られるだろう。溢れ出た思いが、彼と別れた後で良かった。もう、何気なく彼の隣を歩くことは、限界なのかもしれない。

 いつまで経っても冬曇りの空は、僕に光の筋を零してはくれない。僕を花に擬えるのは似合ってないだろうか。一年草で構いません。どうか暖かい春をください。