小学1年生のとき、病気持ちの私は、クラスの男子たちにいじめられた。寄って集って私に乱暴し、今にも泣き出しそうだった。そのとき、私の目の前にヒーローが現れた。
彼は、私と男子たちの間に入って両手を広げ、「やめなよ! いやがってるだろ!」と私を守ってくれた。「そいつのことすきなんだ~」と、その彼を揶揄い始める男子たち。普通の小学生の男の子なら、「すきじゃない」とか「きらい」とまで言ってしまうところを、彼は「だいすきだもん!」と言ってのけた。男子たちは飽きもせずに「じゃあちゅ~してみろよ~」と煽ってくるのを、私は彼にしがみつきながら聞いていた。
まさか、彼はそこまでするまいとは思いつつも、彼に守られている安心感が一瞬で不安に置き変わった。いじめから守られる代わりに、心の準備ができていない初キスを貰わなければいけないのか。或いは、彼は私を助けに入ったことを後悔し、翻って私の身を売るか。いずれにしても手放しでは喜べない選択を、彼は私の代わりに迫られていた。
彼にも一人前の羞恥心はあったみたいだった。できるできないの答えを口籠りながら、男子たちと対峙していた。それでも、私を彼等に差し出すことはしなかった。彼に心を揺すられたのはこの瞬間からだった。
逡巡の末、彼は近くの机の上にあった下敷きを引っ掴み、自分の顔を隠した。私にしか見えないその顔は、そのまま私の顔に近寄り、下敷きが私の顔まで隠したところで、彼は寄せてきた顔をすっと離した。一瞬の出来事だったけれど、当時の私には、苦手な50m走よりも心臓がドキドキする思いだった。
見えないだのなんだのと難癖をつける男子たち。そこに先生が現れて彼が応援を呼んでくれたから、それ以上は何もなかった。何もなかったけれど、私を守ってくれた彼となら、何かあってもいいと思ってしまった。
「大きくなったら結婚してください」
子供というものは、どうしてこうも表現が極端になってしまうのだろう。好きという思いを伝えられれば良かっただけなのに、一生の黒歴史になりそうなプロポーズをしてしまうなんて。
彼は子供の頃から、思慮を怠らない人間だったのだろうか。「僕が大きくなったときも好きだったらいいよ」なんて、ちゃんと条件のついた約束ができるなんて。まあ、今となっては忘れててほしいんだけどね。
それから時は経たない間に、私の通院の事情で転校になった。あの思い出が足枷になることはなかったけれど、元居た小学校や地域のことを聞かれるたびに、彼のことを思い出さずにはいられなかった。
それから8年経って、私は地元に戻ることができた。何も知らずに高校を受験し、1年目の課程を終えて2年生になった。
彼の顔は忘れていた。覚えていても、再会したときには顔は変わっていよう。私の顔だって変わってるし、再会してもお互いに気付かないんじゃないかと思っていた。けれど、まさか同じ学校に通っていただなんて。そして2年生で、まさか同じクラスになっただなんて。彼の名前がクラスで呼ばれたとき、10年前の記憶が見事に蘇った。
結婚の件を彼がまだ覚えていたらと思うと、私は非常にいたたまれなかった。どうか忘れててほしいと、彼を避けるようにし生活していた。けれど、それは無理だった。彼も覚えていた。私の名前を。「小学1年生のとき、同じクラスだったよね!?」と、とても懐かしそうな目で私を見ていて、あのときの恋心までフラッシュバックしそうになった。
その後も幾度か彼と会話をしたけれど、昔話になっても結婚の話は微塵も顔を出さなかった。私をいじめから守ってくれたこと自体も忘れていたのだろうか。そのことでありがとうを伝えたいけれど、連鎖的に結婚のことまで思い出されては気まずくなってしまう。10年前はただのクラスメイトだった。それだけ覚えててくれれば、私は満足だよ。
恋人が居たとか、仲の良いガールフレンドがいるとか、彼の交友関係は、意外と女性方面に富んでいるらしい。そこら辺の話は、クラスメイトから何気なく聞き出していた。気になってしまったから。どうしてだろう。別に何もなかった他人を装っているのに。
部活のない日にいつも一緒に帰っているあの子はどうなの? ノーマークなところから攻められたりしない?
高2の冬を迎えたということは、彼と同じクラスで居られる可能性があるのはあと1年。その抽選から外れれば、あと数か月で離ればなれになる。離ればなれになると言えるほど、今は近くに居るというわけでもないのに。心ですら繋がっていないのだから。
白樺の樹は、山火事や山崩れなどで開けた日当たりの良い場所に真っ先に生じるらしい。彼が優しい光をみんなに振り撒く太陽なら、私の恋心は真っ先に咲いていたよ。
白樺の樹は、成長が早くて寿命が短いから、枯死して土に還るのも早いんだって。私の持病は、あと何年で私を殺すだろう。大きな病院に通えるように転校したけれど、どうしても完治はできないらしい。症状を抑えることしかできないんだって。
高校生活は、生まれた場所で送りたい。そんな私の要望が、彼との再会までをもたらしてくれた。
結婚のことは忘れていてほしい。でも覚えているなら、わたしのこと好きでいてほしい。そこまで望んでしまっては、贅沢になるでしょうか。
高校生が終わる直前に、彼にあのときのことでお礼を言おうかな。やっぱり覚えていてほしいんだ。いや、私に気付いてほしいんだ。初恋の相手とまた巡り逢えたなら、今度は恋人として傍に置かせてほしい。花嫁なんて本気じゃなかったんだから。あのときは。
それまで、私は待っているから。君が私に気付いてくれること。私が君に伝える日を。
彼はいつも、私にだって優しい太陽だ。どうかこのまま、木の葉を落とした白樺に光あれ。
彼は、私と男子たちの間に入って両手を広げ、「やめなよ! いやがってるだろ!」と私を守ってくれた。「そいつのことすきなんだ~」と、その彼を揶揄い始める男子たち。普通の小学生の男の子なら、「すきじゃない」とか「きらい」とまで言ってしまうところを、彼は「だいすきだもん!」と言ってのけた。男子たちは飽きもせずに「じゃあちゅ~してみろよ~」と煽ってくるのを、私は彼にしがみつきながら聞いていた。
まさか、彼はそこまでするまいとは思いつつも、彼に守られている安心感が一瞬で不安に置き変わった。いじめから守られる代わりに、心の準備ができていない初キスを貰わなければいけないのか。或いは、彼は私を助けに入ったことを後悔し、翻って私の身を売るか。いずれにしても手放しでは喜べない選択を、彼は私の代わりに迫られていた。
彼にも一人前の羞恥心はあったみたいだった。できるできないの答えを口籠りながら、男子たちと対峙していた。それでも、私を彼等に差し出すことはしなかった。彼に心を揺すられたのはこの瞬間からだった。
逡巡の末、彼は近くの机の上にあった下敷きを引っ掴み、自分の顔を隠した。私にしか見えないその顔は、そのまま私の顔に近寄り、下敷きが私の顔まで隠したところで、彼は寄せてきた顔をすっと離した。一瞬の出来事だったけれど、当時の私には、苦手な50m走よりも心臓がドキドキする思いだった。
見えないだのなんだのと難癖をつける男子たち。そこに先生が現れて彼が応援を呼んでくれたから、それ以上は何もなかった。何もなかったけれど、私を守ってくれた彼となら、何かあってもいいと思ってしまった。
「大きくなったら結婚してください」
子供というものは、どうしてこうも表現が極端になってしまうのだろう。好きという思いを伝えられれば良かっただけなのに、一生の黒歴史になりそうなプロポーズをしてしまうなんて。
彼は子供の頃から、思慮を怠らない人間だったのだろうか。「僕が大きくなったときも好きだったらいいよ」なんて、ちゃんと条件のついた約束ができるなんて。まあ、今となっては忘れててほしいんだけどね。
それから時は経たない間に、私の通院の事情で転校になった。あの思い出が足枷になることはなかったけれど、元居た小学校や地域のことを聞かれるたびに、彼のことを思い出さずにはいられなかった。
それから8年経って、私は地元に戻ることができた。何も知らずに高校を受験し、1年目の課程を終えて2年生になった。
彼の顔は忘れていた。覚えていても、再会したときには顔は変わっていよう。私の顔だって変わってるし、再会してもお互いに気付かないんじゃないかと思っていた。けれど、まさか同じ学校に通っていただなんて。そして2年生で、まさか同じクラスになっただなんて。彼の名前がクラスで呼ばれたとき、10年前の記憶が見事に蘇った。
結婚の件を彼がまだ覚えていたらと思うと、私は非常にいたたまれなかった。どうか忘れててほしいと、彼を避けるようにし生活していた。けれど、それは無理だった。彼も覚えていた。私の名前を。「小学1年生のとき、同じクラスだったよね!?」と、とても懐かしそうな目で私を見ていて、あのときの恋心までフラッシュバックしそうになった。
その後も幾度か彼と会話をしたけれど、昔話になっても結婚の話は微塵も顔を出さなかった。私をいじめから守ってくれたこと自体も忘れていたのだろうか。そのことでありがとうを伝えたいけれど、連鎖的に結婚のことまで思い出されては気まずくなってしまう。10年前はただのクラスメイトだった。それだけ覚えててくれれば、私は満足だよ。
恋人が居たとか、仲の良いガールフレンドがいるとか、彼の交友関係は、意外と女性方面に富んでいるらしい。そこら辺の話は、クラスメイトから何気なく聞き出していた。気になってしまったから。どうしてだろう。別に何もなかった他人を装っているのに。
部活のない日にいつも一緒に帰っているあの子はどうなの? ノーマークなところから攻められたりしない?
高2の冬を迎えたということは、彼と同じクラスで居られる可能性があるのはあと1年。その抽選から外れれば、あと数か月で離ればなれになる。離ればなれになると言えるほど、今は近くに居るというわけでもないのに。心ですら繋がっていないのだから。
白樺の樹は、山火事や山崩れなどで開けた日当たりの良い場所に真っ先に生じるらしい。彼が優しい光をみんなに振り撒く太陽なら、私の恋心は真っ先に咲いていたよ。
白樺の樹は、成長が早くて寿命が短いから、枯死して土に還るのも早いんだって。私の持病は、あと何年で私を殺すだろう。大きな病院に通えるように転校したけれど、どうしても完治はできないらしい。症状を抑えることしかできないんだって。
高校生活は、生まれた場所で送りたい。そんな私の要望が、彼との再会までをもたらしてくれた。
結婚のことは忘れていてほしい。でも覚えているなら、わたしのこと好きでいてほしい。そこまで望んでしまっては、贅沢になるでしょうか。
高校生が終わる直前に、彼にあのときのことでお礼を言おうかな。やっぱり覚えていてほしいんだ。いや、私に気付いてほしいんだ。初恋の相手とまた巡り逢えたなら、今度は恋人として傍に置かせてほしい。花嫁なんて本気じゃなかったんだから。あのときは。
それまで、私は待っているから。君が私に気付いてくれること。私が君に伝える日を。
彼はいつも、私にだって優しい太陽だ。どうかこのまま、木の葉を落とした白樺に光あれ。
