~シーン4~
再び門の前に立つ沙耶。その顔には、過去への恐怖と、未来への微かな決意が同居していた。
「準備、できた。」
その言葉が空間に溶けると、遠くから神の声が響いた。
「沙耶、悠希……来なさい。」
白い霧が揺れ、そこから悠希の姿をした影がゆっくりと浮かび上がる。
その姿を見た瞬間、沙耶の胸の奥で何かが弾けた。十年以上の空白が、一瞬にして溶けていく。。二人は距離を保ち、互いに緊張した面持ちで見つめ合った。
十年以上ぶりの再会が、この白い場所だという皮肉。沙耶は震える声で問うた。「ねえ、なんで……あのとき、何も言ってくれなかったの?」
悠希は深く息をついた。
「話したいことがあるんだ。ずっと伝えられなかった、言い訳にもならないことを。」
「ちゃんと聞く。」
神は少し離れて、二人の様子を静かに見守っている。
悠希はゆっくりと、言葉を選びながら話し始めた。
「あの日のこと、誤解があったんだ……君を傷つけるつもりはなかった。」
沙耶は感情がこみ上げ、言葉に詰まった。沈黙が重い。
「でも……逃げてしまった。許してほしい。」
悠希は絞り出すように言った。
沙耶は少しずつ目を上げていく。
「まだ許せるかどうかはわからないけど……話してくれてありがとう。」
彼女は一つ、最も知りたかったことを尋ねた。
「……ねぇ、一つだけ聞いてもいい?」
「……うん。」
「あの頃……私の家庭のことが、どこからか広まってた。でもね、あの話……実は、私は、あんたにしかしてなかったの。」
悠希は強く否定するように目を上げた。
「……俺にだけ?本当に?」
沙耶は静かに頷いた。
「他にも仲が良い人はいたけど……話したことはない。だから……私、あんたを疑った。」
「……信じてもらえなくても仕方ない。でも、本当に違うんだ。俺じゃない。」
沙耶は複雑な表情で目を伏せる。疑っていた相手の言葉を、今、魂になって初めて聞いている。
「……分からなくなったの。誰を信じていいか、もう。」
「……俺も、君を守れなかったこと、ずっと悔やんでる。」
沙耶はハッとして顔を上げた。
「でも……あの話が他に漏れてたとしたら……私が気づいていなかった『誰か』がいたってこと……?」
「……。」
沙耶はふっと小さく笑い、唐突に過去の記憶を持ち出した。
「……覚えてる?高校の文化祭のとき、私が司会やるって決まって、前日まで泣いてたの。」
悠希は少し驚いたように、そして懐かしそうに答えた。
「ああ……『無理、無理、人前とかムリ!』って言って、教室の後ろのロッカーの影で座り込んでた。」
「そう、それ。そしたらあんた、変な手作りのお守りみたいなの作って持ってきて。」
「あー、……あれな。家にあったフェルトと木の実で……。いま思うとめちゃくちゃダサかったよな。」
沙耶は少し涙をにじませながら微笑んだ。
「でも、あれで少しだけ安心できたんだよ。あのとき、……。」
沙耶は途中で言葉を止めた。涙が、笑いと一緒にこぼれた。
「……ありがと、悠希。」
「…俺も……あの頃の沙耶が羨ましかったよ。強がってばっかりだったけど、本当は誰より頑張ってた。」
「……ありがとう。……私、ずっと誰も信じられなくなってた。あのとき、自分のことも他人のことも全部嫌になって。」
「わかるよ。俺も、自分が逃げたって思ったとき、全部終わった気がした。」
「でも……こうして話してみて、少しだけ……全部が間違いだったわけじゃないのかもって……思える。」
「それなら、少しだけ前に進めるかもな。」
沙耶は何か思い出すように眉を寄せた。
「……ねえ、もし本当にあんたが言う通りだとしたら、情報源は他にいたってことになる。」
「……心当たり、あるの?誰が、そんなことを。」
沙耶は目を伏せながら答えた。
「……一人だけ、いる。私とずっと昔から仲良くしてた人。誰よりも私を知ってた人。今思えば、全部が優しさじゃなかったかもしれない。」
「……そいつに、確かめるつもり?」
悠希は尋ねた。
「そうしなきゃ、前に進めない気がする。本当のことを知りたい。ちゃんと、終わらせたい。でも……もう彼女には会えない。私は死んでるから……。」
沈黙の後、神の声が優しく響いた。
「……行くといい。『未練』を『区切り』に変えるための、たった一度の機会を、君に与えよう。」
「え……?」
沙耶は驚きに目を見開いた。
再び門の前に立つ沙耶。その顔には、過去への恐怖と、未来への微かな決意が同居していた。
「準備、できた。」
その言葉が空間に溶けると、遠くから神の声が響いた。
「沙耶、悠希……来なさい。」
白い霧が揺れ、そこから悠希の姿をした影がゆっくりと浮かび上がる。
その姿を見た瞬間、沙耶の胸の奥で何かが弾けた。十年以上の空白が、一瞬にして溶けていく。。二人は距離を保ち、互いに緊張した面持ちで見つめ合った。
十年以上ぶりの再会が、この白い場所だという皮肉。沙耶は震える声で問うた。「ねえ、なんで……あのとき、何も言ってくれなかったの?」
悠希は深く息をついた。
「話したいことがあるんだ。ずっと伝えられなかった、言い訳にもならないことを。」
「ちゃんと聞く。」
神は少し離れて、二人の様子を静かに見守っている。
悠希はゆっくりと、言葉を選びながら話し始めた。
「あの日のこと、誤解があったんだ……君を傷つけるつもりはなかった。」
沙耶は感情がこみ上げ、言葉に詰まった。沈黙が重い。
「でも……逃げてしまった。許してほしい。」
悠希は絞り出すように言った。
沙耶は少しずつ目を上げていく。
「まだ許せるかどうかはわからないけど……話してくれてありがとう。」
彼女は一つ、最も知りたかったことを尋ねた。
「……ねぇ、一つだけ聞いてもいい?」
「……うん。」
「あの頃……私の家庭のことが、どこからか広まってた。でもね、あの話……実は、私は、あんたにしかしてなかったの。」
悠希は強く否定するように目を上げた。
「……俺にだけ?本当に?」
沙耶は静かに頷いた。
「他にも仲が良い人はいたけど……話したことはない。だから……私、あんたを疑った。」
「……信じてもらえなくても仕方ない。でも、本当に違うんだ。俺じゃない。」
沙耶は複雑な表情で目を伏せる。疑っていた相手の言葉を、今、魂になって初めて聞いている。
「……分からなくなったの。誰を信じていいか、もう。」
「……俺も、君を守れなかったこと、ずっと悔やんでる。」
沙耶はハッとして顔を上げた。
「でも……あの話が他に漏れてたとしたら……私が気づいていなかった『誰か』がいたってこと……?」
「……。」
沙耶はふっと小さく笑い、唐突に過去の記憶を持ち出した。
「……覚えてる?高校の文化祭のとき、私が司会やるって決まって、前日まで泣いてたの。」
悠希は少し驚いたように、そして懐かしそうに答えた。
「ああ……『無理、無理、人前とかムリ!』って言って、教室の後ろのロッカーの影で座り込んでた。」
「そう、それ。そしたらあんた、変な手作りのお守りみたいなの作って持ってきて。」
「あー、……あれな。家にあったフェルトと木の実で……。いま思うとめちゃくちゃダサかったよな。」
沙耶は少し涙をにじませながら微笑んだ。
「でも、あれで少しだけ安心できたんだよ。あのとき、……。」
沙耶は途中で言葉を止めた。涙が、笑いと一緒にこぼれた。
「……ありがと、悠希。」
「…俺も……あの頃の沙耶が羨ましかったよ。強がってばっかりだったけど、本当は誰より頑張ってた。」
「……ありがとう。……私、ずっと誰も信じられなくなってた。あのとき、自分のことも他人のことも全部嫌になって。」
「わかるよ。俺も、自分が逃げたって思ったとき、全部終わった気がした。」
「でも……こうして話してみて、少しだけ……全部が間違いだったわけじゃないのかもって……思える。」
「それなら、少しだけ前に進めるかもな。」
沙耶は何か思い出すように眉を寄せた。
「……ねえ、もし本当にあんたが言う通りだとしたら、情報源は他にいたってことになる。」
「……心当たり、あるの?誰が、そんなことを。」
沙耶は目を伏せながら答えた。
「……一人だけ、いる。私とずっと昔から仲良くしてた人。誰よりも私を知ってた人。今思えば、全部が優しさじゃなかったかもしれない。」
「……そいつに、確かめるつもり?」
悠希は尋ねた。
「そうしなきゃ、前に進めない気がする。本当のことを知りたい。ちゃんと、終わらせたい。でも……もう彼女には会えない。私は死んでるから……。」
沈黙の後、神の声が優しく響いた。
「……行くといい。『未練』を『区切り』に変えるための、たった一度の機会を、君に与えよう。」
「え……?」
沙耶は驚きに目を見開いた。



