春の朝。

窓から差し込む光が厨房のステンレスに反射して、淡くきらめいていた。

 
わたしは、計量カップを置きながら小さく息を吐く。

ボウルの中には、ふわりと膨らみはじめた生地。


今日は、何度も試作を重ねてきた――新作ケーキの最終仕上げだった。

 

「真白ちゃん、いい香りね」

 
芙美子さんが顔をのぞかせ、にっこりと笑う。

その笑顔に、肩から少しだけ力が抜けた。

 
「今日で完成できると思います、新作ケーキ。あとは焼き加減を見て……」

 
オーブンの中、金色に膨らんでいくケーキを見つめながら、胸の奥がじんわりと熱くなる。

 
(これが、わたしの“今の味”――)

 
生地には蜂蜜をほんの少し混ぜている。


懐かしさと新しさのあいだにある、自分だけの光を探すように――

柔らかな甘みの中に、レモンの酸味を残した。


オーブンのタイマーが鳴る。

扉を開けると、甘く澄んだ香りが一気に広がった。