「真白ちゃん、大丈夫?」
カウンターの奥から芙美子さんが心配そうに声をかける。
隣でご主人も黙って頷いていた。
「……大丈夫です」
笑みを作って答えたけれど、自分でもわかるほど顔は青ざめていた。
心臓の鼓動が早く、指先がわずかに震えている。
(どうして……今さら、あんなことを思い出すの)
胸の奥に押し込めていた記憶が、勝手によみがえってくる。
――高校を卒業してから通った、調理菓子専門学校。
1年生のとき、わたしは、初めてのコンクールで優勝した。
夢に向かって進んでいると信じて疑わなかった。
それなのに――
次の大会で、“あんなこと”が起こってしまった。
それ以来、キッチンに立つと手が震えるようになっていった。
ケーキを作ることが、怖くなったんだ。
(だから……わたしはもう、作らないって決めた。わたしは、ケーキを作れない)
目の奥がじんわりと熱くなり、慌てて瞬きを繰り返した。
笑顔を浮かべなければ。
大丈夫だと、これ以上心配させないように。
そう思えば思うほど、胸の奥で疼く痛みは強くなっていった――。



