昼下がりの店内は、いつもより少し静かだった。

カウンターの奥では、芙美子さんが帳簿をつけていて、窓の外からは、春の陽がゆるやかに射し込んでいる。


「……真白ちゃん、ちょっと来てくれる?」


声のした方を向くと、奥から店主――芙美子さんの旦那さんが顔を出した。

白いコックコートに、少し粉のついた手。

その姿を見ただけで、胸の奥がわずかにきゅっとなる。


「はい」

「この前も言ったけど、あのマドレーヌ、よかったよ。芙美子が“またあの子の味が戻ってきた”って、一日中嬉しそうにしてた」

「……そうなんですか……芙美子さんが……」


“戻ってきた”――その言葉が少しだけ胸に刺さった。


(まだ完全には戻っていないのに……)


「でな、来月の商店街イベントの話、聞いた?」

「いえ……」

「来月この商店街の店を集めたイベントをやるってことで、うちも出すことにしたんだ。毎年ちょっとしたお菓子を並べてるんだけど、今年は“若い子の新作”を出したくてな。真白ちゃん、やってみないか?」


一瞬、息が止まった。