扉が閉まる音がしても、部屋にはまだ、緊張のような静けさが漂っていた。
神城さんはしばらく無言のまま、皿の上のマドレーヌを見つめていた。
その横顔は穏やかだったけれど――
どこか、触れてはいけない何かを抱えているように見えた。
それが、彼の中にずっと在り続ける“何か”なのだと、なぜか確信した。
さっきまであった空気の流れが嘘みたいに止まり、部屋の中に、コーヒーとマドレーヌの甘い香りだけが残る。
神城さんは、立ったまましばらく動かなかった。
その視線は、テーブルの上の皿に落ちている。
「……驚かせましたよね」
低く、掠れた声だった。
「いえ……そんな」
「篠原さんは、仕事関係の人です。僕の作品を世に出してくれる大事な存在で……でも、あの人がこの香りに触れるのは、なんか、嫌だったんです」
「嫌……?」
神城さんは小さく笑った。
けれど、その笑いは優しいのにどこか温度がなかった。
「僕、あの人を信頼してるはずなのに。さっき、“食べたい”って言われた瞬間、頭の奥で何かが、ぐしゃって潰れたみたいで」
その言葉に、胸の奥がざわつく。



