溺れるほど甘い、でも狂った溺愛



言い切った瞬間、空気がひんやりと冷えた気がした。

けれど彼は、その言葉すら楽しむように目を細める。


「ふうん……おねえさん、ケーキ作りやめちゃったの?」

「ち、違います。わたしはケーキを作ったことなんて――。それに先ほどのイベントの話だって、きっと人違いだと思います」


必死に説明をしたのに、彼はまったく話を聞いていないようだった。

そして、わざと話を遮るように微笑んだのだ。


「でも、あの日のおねーさんのケーキは、たしかに僕を変えてくれたんですよ」


にこやかなその言葉に、心臓が跳ねる。

まるで、過去の封じ込めた傷を、軽やかに抉られたみたいだった。


それから、彼はショーケースから焼き菓子をひとつだけ選んだだけだった。

会計を済ませると、手にした紙袋を軽く揺らして笑った。


「じゃあ、今日はこれで」


それだけ言うと、ドアの前で一瞬だけ振り返る。

視線がこちらに触れた気がして、胸がざわついた。

けれど声をかける間もなく、彼は夕暮れの街へと出ていった。


カラン、と鈴の余韻が静かに揺れる。