カップの中のコーヒーが、少し冷めかけていた。
神城さんはゆっくりとマドレーヌをかじりながら、
まるでそれを絵に描くように、静かに味わっていた。
「やっぱり、この香りですね」
「……ありがとうございます」
言葉を交わすたびに、部屋の中にだけ小さな時間が流れていく。
そのとき――
ピンポーン。
穏やかな空気を切るように、玄関のチャイムが鳴った。
神城さんが小さく眉を動かし、立ち上がる。
「……すみません。ちょっと出てきます」
扉を開けると、スーツ姿の男性が立っていた。
落ち着いた笑みを浮かべながら、軽く頭を下げる。
「神城さん、急にすみません。打ち合わせの資料を――ああ」
視線が、すぐにわたしに向く。
少し驚いたように、けれどどこか穏やかに。
「お客様でしたか?」
「ええ……まあ……」
神城さんの声は少し低く、曖昧だった。



