神城さんは作業台の前に立っていた。
筆を置き、少し驚いたように目を瞬かせる。
「……真白さん!?」
「お仕事中にすみません。あの……少しだけ、お渡ししたいものがあって」
手にした紙袋を差し出す。
神城さんは首を傾げながら受け取り、袋の中をのぞいた。
「……マドレーヌ、ですか?」
「はい。久しぶりに焼いてみたんです」
「久しぶり、ということは……」
「ずっと作れなかったんですけど……少しだけ作ってみたくなって」
神城さんは言葉を失ったようにしばらくマドレーヌを見つめていた。
やがて、指先でそっと袋のリボンをなぞる。
「……香りが、いいですね」
「ありがとうございます。味は、まだ自信ないですけど」
「きっと、あの時の味ですよ」
彼の声は静かで、確信に満ちていた。
「“優しくて、少し切ない味”。あなたにしか出せないこの味を、僕はずっと食べたかった――」
思わず胸の奥が熱くなる。
「……そんな風に言ってもらえるほどのものじゃないです」
「僕にとっては、十分なんです。誰かの心を動かすものを作れる人って、そう多くない。真白さんは、その一人だと思います」



