「……ありがとうございます」
ようやくそれだけを言うと、芙美子さんが微笑んで手を握った。
「ねぇ真白ちゃん。やっぱりあなたには、お菓子の香りが似合うわ」
「……そう、ですかね」
「そうよ。だって、このマドレーヌ。優しいのに、どこか切ないの。あなたの味だわ」
涙が出そうになるのをこらえて、笑った。
店を出ると、夕暮れが群青に変わり始めていた。
紙袋に残った甘い香りが、風に揺れる。
(……やっぱり、もう一度作りたい)
その思いが、ゆっくりと形を持ち始めた。
休日の午後、空は薄く曇っていた。
焼き上げたマドレーヌを小さな箱に詰め、リボンを結ぶ。
(……渡すだけ)
それだけのことなのに、心臓の音が落ち着かない。
神城さんのアトリエまでの道は、前に歩いたときよりも短く感じた。
扉の前に立つと、ノックをする指先が少し震えた。
「――どうぞ」
中から穏やかな声がして、ゆっくりと扉を開ける。
以前と同じ、絵の具の匂いが漂う空気。
白いキャンバスが並び、窓からやわらかな光が差し込んでいる。



