わたしは小さく頷いて腰を下ろす。
全身の力が抜けて、深く息を吐いた。
「少し顔色が戻りましたね」
神城さんはそう言って、湯気の立つカップを差し出した。
「コーヒー、苦手じゃないですか?」
「……はい。ありがとうございます」
カップを両手で包むと、指先がようやく温かさを取り戻していく。
「さっき、何か思い出したように見えたんですが」
静かな声。
逃げ場のないような優しさに、胸が少し痛んだ。
「……昔の知り合いを、見かけて。ちょっと、びっくりしただけです」
「……そうですか」
それだけ言って、神城さんは静かに湯気の立つカップを見つめた。
まるで、それ以上は触れないという合図みたいに。
ただ、ほんの少しだけ目を細めて頷いた。
「人って、驚いたときほど、記憶が鮮明になりますよね。――絵も、そうなんです。痛みとか、驚きとか、消えないものほど、色になって残るみたいな」
彼はそう言って、窓辺に視線を向けた。



