――気がついたときには、もう、足が勝手に動いていた。


「ここです」


気づけば、神城さんが立ち止まっていた。

その先に、小さな扉がある。


外の街灯の明かりに照らされて、古びた木の表面がかすかに鈍く光っている。


建物は古いアパートの一角のようだった。


けれどドアノブの横には、さりげなく真鍮のプレートが取り付けられている。


“atelier kamishiro”


それだけが静かに刻まれている。


「どうぞ」


促されて中へ入ると、ふわりと絵の具の匂いが漂った。

思っていたよりも広く、そして静かだった。


白い壁には、大小さまざまなキャンバス。

まだ描きかけのもの、覆いをかけられたもの。


そして窓際には、一輪の白い花が瓶に差してある。


まるで“時間が止まった部屋”みたいだった。


「こっちに、座ってください」


彼が指したのは、古いソファだった。

淡いグレーの布張りで、少し色あせているのに、どこかあたたかい気配を持っている。