別に、彼に会いに行くわけじゃない。
“絵を見に行く”だけ――そう、言い聞かせながら。
バッグにチケットを入れ、玄関を出る。
ひんやりとした風が頬を撫でた。
その冷たさが、少しだけ背中を押した気がした。
会場のギャラリーは、想像よりも静かだった。
白い壁と光沢のある床。
外の喧騒が遠くに霞んでいくような空間に、柔らかな照明が作品を包んでいた。
足音を立てるのもためらうほど、空気が澄んでいた。
(……きれい)
壁に掛けられた絵の一枚一枚が、どれも柔らかくて、どこか懐かしい。
そして、ふと――
ひとつの絵の前で足が止まった。
“光の中に溶けていくケーキ”
――そんなタイトルが添えられている。
淡いピンクと金の光が重なって、輪郭は曖昧で、けれど確かに美しい。
その色を見た瞬間、胸の奥がきゅっと縮まった。
(……これ、わたしの、ケーキ……?)



