溺れるほど甘い、でも狂った溺愛



「神城……? ああ、あの画家さんね」


あっさりと返ってきた答えに、思わず目を見張る。


「やっぱり有名な方なんですか?」

「ええ、有名よ。最近は小説の表紙とかポスターとか、いろんなところで見かけるわよ。たしか――」


そう言いながら、芙美子さんは記憶をたどるように顎に手を当てた。


「そうそう、この前読んだ小説の表紙も、たしか神城さんの絵だったわ。淡い光と影の描き方がすごくきれいで……。あれ見た瞬間、物語の世界に引き込まれちゃったのよね」


穏やかに微笑むその横顔を見ながら、胸の奥がざわりと揺れた。


(やっぱり……あの人、ただの“変な人”じゃなかった。でも、どうしてだろう――そう思うほど、胸が落ち着かない)


コーヒーを口に運ぶと、苦味よりも先に、昨日の記憶が蘇ってくる。


“おねーさんのケーキが食べたいです”


あの真っすぐな目。

言葉を濁さない声。

思い出すだけで、胸の奥が妙に熱くなる。


「真白ちゃん、どうしたの? 顔赤いわよ?」

「えっ、あっ……なんでもないです!」


慌ててコーヒーを置き、ショーケースを拭きなおすふりをしてごまかした。


けれど――その指先は、ほんの少しだけ震えていた。


カウンターのガラス越しに、朝の光がにじんで見えた。