そう言って立ち上がる。
カップに残る温もりがまだ手のひらに心地よくて、何気ないその瞬間さえ、愛おしいと思った。
テーブルの上には、昨日焼いた小さなレモンケーキ。
その隣にスケッチブックと絵の具。
きっと、これがわたしたちの日常の形――
穏やかで、光に満たされた時間だった。
コーヒーを淹れながら、ふと視線を動かすと、棚の隅に見慣れない厚い本が目に入った。
「……これ、なに?」
「それ? ああ、昔の卒業アルバム。掃除してたら出てきてね」
「へえ……見てもいい?」
「もちろん」
ページをめくると、少し古びた紙の匂いがふわりと漂う。
クラス写真の中に、見覚えのある顔があった。
少し長めの前髪に、今より幼い表情。
けれど、その瞳は変わらない。
まっすぐで、静かな光を宿している。
「これ……煌、なんだ」
「うん。中学三年生の時かな」
指先で写真をなぞりながら、胸の奥にひとつの記憶がよみがえる。



