「……旦那さん、真白のこと本当に娘みたいに思ってくれてるんだね」
「うん。初めて会ったときからずっと優しくしてくれたの」
「真白が大事なんだろうね。でも、僕も負けない」
「何に?」
「真白を大切にする気持ち」
一瞬、息が止まる。
けれど、次の瞬間には自然と笑っていた。
「……じゃあ、負けないように、わたしも頑張らないとね」
「うん。でも、僕が勝つ自信しかない」
二人で笑い合う声が、夜の通りにやさしく溶けていった。
午後の陽が傾きはじめたころ。
アトリエの窓から差し込む光が、白い壁をやわらかく照らしていた。
絵の具とコーヒーの香りに混じって、今日はもうひとつ――
甘く香ばしい、焼き菓子の匂いが漂っている。
「……もう少し、かな」
オーブンの中を覗き込みながら、わたしは小さく呟いた。
今日は新作のケーキの試作。
生地にはレモンピールを、仕上げにほんのりとハチミツを混ぜている。



