「……うん。ちょっと、考えごと」
「仕事のこと?」
「そう」
短く答えると、彼がコーヒーを淹れてくれた。
香ばしい香りが広がる中、テーブル越しに座る。
湯気の向こうで、煌の瞳が静かに揺れていた。
「今日ね、芙美子さんとご主人から……ある話を聞いたの」
「話?」
「イベントの時に、わたしのケーキを食べた有名店のパティシエの人が、スカウトしたいって。……東京にある〈パティスリー・ラ・グランジュ〉」
その名を聞いた瞬間、煌はわずかに目を見開いた。
「……すごい!それ、本当に有名な店だよね?」
「うん。だからこそ、どうしたらいいかわからなくて」
カップを両手で包み込みながら、わたしは俯いた。
「わたし、夢だったの。いつか有名店で働くこと。でも、今の店を離れることを考えたら……胸が痛くて。あの厨房も、ご夫婦も、お客さんも……全部、大好きで。それに――」



