「真白ちゃんの新作も並べられるチャンスよ。出店を希望する場合は、今月末までに申し込まないといけないのよ。前回のイベント、評判がすごく良かったでしょう?真白ちゃん出てみない?」

「……チャンス、ですか。そうですよね。チャンス、ですよね」


そう言われて、自然と胸の奥が高鳴る。

けれど、その鼓動の奥に、わずかな緊張が混ざっていた。


(前回よりも大きなイベント……)


「……頑張ります」


“うち”の名前が、もっと広く知られるかもしれない。


それは本来、喜ばしいことのはずなのに――

なぜか、心のどこかが少しだけ冷えていく感覚があった。


「主人もね、“今の真白ちゃんならきっと大丈夫だ”って言ってたわ」

「……そう、ですか」


芙美子さんの明るい声に、わたしは笑って頷いた。

けれどその笑みの裏側で、指先がほんの少し震えていた。


オーブンの熱がまだ残る厨房の空気の中で、

過去の記憶の影が――ほんの一瞬、かすめた。


それでも、今はまだ、

それが“何の影”なのか、はっきりとはわからなかった。