休日の午後。

空は少し霞がかかっていて、柔らかい陽射しが街を包んでいた。


商店街の通りには、パン屋や花屋の甘い香りが混ざり合って流れてくる。


「――真白、こっちこっち」


呼び捨ての響きが、春風よりも近く感じる。

振り返ると、神城さんが軽く手を上げていた。

黒いコートの裾が風に揺れて、どこか絵の中の人みたいに見えた。


「待たせてしまいましたか?」

「いえ。僕が早く着きすぎたんです。つい楽しみで」


さらりとしたその言葉に、胸の奥がわずかに揺れる。


今日は、アトリエの作品に使う布や食器を買いに行く予定だった。

けれど、神城さんの持っている買い物リストには――

薄力粉、アーモンドプードル、レモン。


(……お菓子の材料?)


「次に描きたい絵のテーマが、“香り”なんです」

「香り……ですか?」

「ええ。だから、今日はあなたの作る香りを一緒に“集めたい”と思って」


わたしは少し笑ってしまった。


(香りを集める、って……絵の人はやっぱり発想が違う)