「あぁ、ごめん。そのままの意味で、ただ本当にデビューしたんだなぁ…って。」

「わかってるよ。」

焦る私を見つめる優しげな視線にもなんだか余裕を感じる。これがデビュー済みの余裕か。いや、これは学生と社会人の差なのかもしれない。

そんなことを考えていると、傍に停まっていた車から1人の男性がこちらに向かって来るのが見えた。

背が高くて、見た目、というか雰囲気的に韓国人っぽいな。鍛え上げていそうな肩幅がそう感じさせるのだろうか。
歳はそんなに行ってなさそうだけれど、私たちよりは上に見える。

ハヌルと話すのを聞く限り、彼のマネージャーで間違いないようだった。

事務所の方も来たことだし、元同級生とは言え芸能人と長話というのもよろしくないだろうから、そろそろ行こう。

「あ、仕事中にごめん。私はこの辺で…」


「혹시(もしかして)、」

踵を返そうとしたところ、例のマネージャーらしき男性に呼び止められた。

「日本人ですか？」

「あ、はい。」



一瞬取り締まられるんじゃないかと息を飲んだが、どうやらこの後向かう先のルートを確認したかっただけのようだった。マネージャーさんも日本での活動は慣れていないみたいで大変そう。
道案内なんて現地人からしたら大したことでは無いが、大変感謝されてなんだか気分が良い。

ここまで来たら親切ついでに、片付けも手伝いましょうか？なんて言って、はたから見たら私までマネージャーみたいだ。

「芸術高校出身の方はさすが、機材の扱いが分かってますね。」

練習生時代に機材の準備や片付けなんて嫌というほどやらされた。今でもそのくらいは身体が覚えている。

「いえ、なんだかこうしてると懐かしい感覚です。」

最後の機材の積み入れが完了して、私が車のバックドアを閉じると同時に、後部座席のドアが開いた。

「ユナ、」

一足先に車に乗り込んでいたハヌルが、内側から少し身を乗り出して言う。

「저녁 먹었어(ご飯食べた)？」




一体誰が予想出来ただろうか。

この一言から、嘘みたいな1週間が始まることになるなんて。