メイクポーチはチャックが閉まってなかったみたいで、お直し用のパウダーやアイシャドウが転がって。
自分の不注意でぶつかったくせに謝りもできない自分。
足まで散らばった自分の荷物を拾って下さって、ご丁寧に「はい」と渡してくれる。
「本当、すいません…」
とか言いながら泣いてる私。
ぶつかったくせに謝らないで、おまけに荷物を拾ってもらって泣かれて。
「…彩奈、ちゃんって言うんだ」
その時、初めて相手の方が声を上げた。
軽やかで、優しいマイルドな声。
例えるなら、そう───ミルク、かな。
甘くて優しくて、「ほっ」とするような暖かいホットミルク。
「あ、えっと…
それ、 彩奈って読むんです…」
拾ってくれた財布の名刺を見たのだろう、私はよく間違えられる名前の読みを訂正して、「先ほどはすいませんでした…」と謝る。
「ねぇ、彩奈さん。
大丈夫?」
大丈夫と聞かれて、大丈夫じゃないと答えられる人は何人くらいなのだろうか。
大丈夫なわけないじゃない、と何に対して苛立ってるのか、自分自身よく分からない感情を処理できない。
「だいじょ、ばないかも…」
あまりにも弱々しい声を聞いたミルクくんは、「少しだけ休憩しようよ」と最寄りの公園へ手を引っ張って連れて行ってくれた。



