[結斗視点]
気が付けば、7月の最後の週末だ。今日は、秋海棠先生達と約束していた甘夏花火大会の開催日だ。服装も指定された。花火大会っぽい服装で来いと。クローゼットの奥から甚平を取り出した。何年ぶりだろう。これを着るのは。
集合場所へとついた。甘夏公園の噴水前だ。他の人はまだ来ていない。子ども達の賑やかな声が当たり一面に響いている。ヨーヨーを楽しむ子、ゲットした金魚をウキウキで見てる子。両親達と美味しい屋台のご飯を食べてる子。そんな光景だけで夏になったんだと実感する。
「よお、東雲先生」
視界に入ってきたのは、茶色の甚平を着ている飛竜先生だった。茶色の甚平は俺の地味な甚平と違って華やかに見える。
「飛竜先生、こんにちは。茶色の甚平すごく似合ってますね」
「まじかっ、ありがとな、東雲先生」
彼は照れるように頭をかき大笑いをする。その声はでかく近くの人達の視線がこちらに反応した気がした。すると、もう一つの草履の音が近づいて来た。緑の甚平。福田先生だった。
「飛竜と東雲先生、もう来てたんだな」
スーツやジャージじゃなくても、貫禄を隠せない。流石は生徒指導を任された教師というか。すると、福田先生の動きは止まった。飛竜先生と不思議に顔を見合わせたら、どうして固まったのかその視線の先にいた人を見てすぐわかった。
「お待たせしました。幸助先生」
「遅くなってしまってすみません」
数川先生と秋海棠先生だった。数川先生は、若葉色に暖色の花があしらわれている浴衣。秋海棠先生は、白い浴衣に松竹梅が大きく描かれているデザインだ。福寿草主任の姿はなかった。飛竜が女性陣にも声をかけた。
「おお、似合ってますぜー。秋海棠先生も数川先生も雰囲気がいつもと違うなって、あれ、秋海棠先生は」
「薊主任は、ご家庭の方で用事があるみたいでキャンセルとなりました」
秋海棠先生が残念そうに教えてくれた。まあ、家庭の方が大切だから仕方ないよな。福田先生の視線が数川先生に寄せ付けられていることに気がついた。彼女がそんな自然に気がついたのか、恥ずかしそうに袖で口元を隠す。
「そ、そんなに見つめないでください...幸助先生」
「うっ、あっ...すまない、音葉先生」
この2人なんかめっちゃ顔が赤い。同僚以上の何かが匂ってる。それか既にできてたりするのかこの2人は。その時、パチンと飛竜が手を叩く。
「取り敢えず、花火始まるまではまだ時間あるしそれぞれ屋台見てこようぜ」
「いいですね。それ。幸助先生行きましょう」
「あぁ、行こう音葉先生」
2人は、何かを話しながら先に行ってしまった。あの2人はきっとお互いに自分達になる時間を見計らっていたのだろうか。3人で苦笑を浮かべる。
「行っちゃいましたね。音葉先生と福田先生」
「でも、なんか幸せそうだったな。なぁ」
「そうですね。鈍感な俺が見てもなんかあの2人はやっぱお似合いだなって思いました」
「やっぱ東雲先生もそう思ってたか。うんうん。それは俺も思ってた」
本人達は気がついていないみたいだが第三者の俺たちからすればあの2人は両思いにみえる。噂になるのも頷けるほどだ。
「じゃあ、俺はこっちの屋台の方に」
「私もこっちに気になる食べ物が」
「僕はこっちに」
3人が行きたい方向に指を差した。秋海棠先生と飛竜先生が同じ方向を指差した。俺だけ反対だった。
結局、2人とは別れた。遠目から見る飛竜先生と秋海棠先生は楽しそうに話しながら向こうの人混みへ消えていった。...やっぱり福田先生と数川先生にも負けないほど2人もお似合いだ。
1人で人混みの中を歩く。別に食べたいものもないし、やりたいこともない。楽しそうだったからついて来ただけだ。
少し歩いて来たら、食べ物の屋台から子ども達が楽しんで遊べる屋台が連なってる場所へと来た。ヨーヨー、金魚掬い、射的、輪投げなど童心を燻るようなものが並んでいた。景品ゲットして喜んでいる子ども、なかなか取れずに泣いてしまっている子ども。職業上、毎日子どもの機嫌を伺っているから、嫌でも目に入ってくる。
「ママ、がんばってー」
何処からともなく母を全力で応援する子どもの声が聞こえて来た。仲良しだな。目を細めて聞いていた。
「もう、春斗のために頑張っちゃう」
その名前を聞いた瞬間、子どもとその母親の顔を見た。すると、そこにいたのは小春と春斗だった。彼女の髪型はハーフアップ。浴衣は白いに赤い金魚と青い水面柄が描かれているデザインだ。春斗は、紺色の甚平だ。2人は射的を楽しんでいた。
彼女は、コルクガンを両手で持ち狙いを定めている。そして、引き金を引くとパチンッと乾いた音が響く。少し的に掠ったみたいで揺れていたがびくともしない。小春からコルクガンを受け取る店主は笑っていた。
「ははは、残念。またやってね」
「ママーもう一回」
「駄目よ。1回っきりって約束だったじゃない」
「えーー、恐竜のぬいぐるみほしーーいーー」
射的屋の前から立ち去ろうとする小春の裾を掴んで離さない春斗。息子の駄々に彼女は呆れていたようだった。小春は、無言で春斗の手を強く握り屋台の前から去っていく。
「あの、やります」
「おお、若い兄ちゃん。楽しんでってな」
「ありがとうございます」
そう言われ、500円を払いコルクガンを渡される。少し遠い的に狙いを定めて目を細める。そして勢いよく引き金を引く。
空中に舞うコルクは1番小さい的を打ち破った。店主は驚いていた。
「おお、すごいねぇ。景品は何がいいかな」
「...恐竜のぬいぐるみで」
「はいよ」
「ありがとうございます
コルクガンを返却して、景品を受け取る。すぐにぬいぐるみを抱き抱え人ごみの中を掻き分け走り出す。
「だってぬいぐるみほしいんだもーん」
「駄目よ。さっきも言ったでしょ。1回だけだって」
少し先に2人はいた。春斗は地団駄を踏んでいた。小春はそんな息子と目を合わせ、困り果てていた。
「こんにちは。桜庭さん」
「しののめ先生だーっ、ってそれ」
腕にすっぽり消え込まれた恐竜のぬいぐるみに気がついたようだ。
「...東雲先生もいらしてたんですね。春斗、そのぬいぐるみは先生のものよ」
母親の言葉で彼は俯いた。それもそうだろう。欲しかったものが目の前にいる男のものになってしまっているんだから。
「...これ、欲しかったんだね。なら、あげる」
両手でぬいぐるみを差し出した。春斗は、ゆっくりと顔を上げた。小さな手でぬいぐるみを受け取り、ぎゅっと抱きしめ頬を擦り寄せる。
「ありがとーっ、せんせー、ありがとう」
もしかしたら彼女と上手くいっていたらこんな日常だったのかもしれない。
「駄目よ、春斗。先生に返して」
「良いんです。この恐竜も僕なんかより愛してくれる子どもの元へ行ければ幸せですから」
春斗は、ぬいぐるみと目を合わせ笑って頭を撫でる。小春は、はあとため息を吐く。
「東雲先生がいいなら良いですけど。ちゃんと可愛がりなさいよ春斗」
「うんっ。大事にする。ありがとう、せんせー。ねえ、ママと今からたこ焼き食べにいくんだけど、先生もきてよ」
「誘ってくれてありがとう。でも僕は」
言葉が喉に引っかかる。春斗が不安そうな目でコチラを見つめてくる。
「...先生、来てくれないの」
教師だから、距離を取るべきだ。特定の生徒とその家族に個人的に近付くのはいけない。生徒達を平等に見なければならない。
「春斗、東雲先生といるのは楽しいかもしれない。でもね、先生だって予定があるの。だから、我儘言わないの」
彼女が息子の肩に手を置き、諭す。春斗の目は少し潤んでいるように見えた。この子、何か俺達の関係に気がついてるのかもな。そして、本当の父親にも。
「えー」
彼は頬をぷくっと膨らめ怒った顔をする。だがそれは一瞬ですぐに、肩を落とす。その姿が少し可哀想に思えた。でも一緒に少しでも長くいたら学校の人にバレてしまうかもしれない。他の先生だって来ている。彼女達を守るためだ。しゃがんで視線に合わせる。
「春斗、給食でたこ焼きが出るかもしれないからその時一緒にクラスの皆で食べようか」
「そうよ春斗。東雲先生も言ってる通りクラスの皆で食べた方が絶対美味しいから。ね」
「...じゃあもし、給食にたこ焼きでなかったら...どうするの」
意外な言葉に俺も小春も固まってしまった。そんなこと考えていなかった。約束以前の問題だ。そもそも給食にたこ焼きが出ない可能性だってある。それに気がつき、疑問としてぶつけてくる。この子は俺が思ってたより賢い。
彼女と目を合わせ、お互いに困った表情を浮かべる。
「春斗、それは...」
「その時はママと一緒に家でたこ焼きパーティーしようね」
曖昧な約束ならば、確実な約束をすればいいと言う彼女の意図を汲み取る。
「じゃあ、ママとパーティーする時、東雲先生も来てくれるの」
春斗は頭を傾げながら上目遣い見つめてくる。それは悪気がない純粋さだ。断らなければならないのに罪悪感に駆られてしまう。
彼女と目が合う。お願い、断って。そう訴えかけてきているようだ。
「行けたら行くよ」
そう答えるしかなかった。この子の気持ちを傷付けたくない。だが、小春の気持ちもわかる。誰かの目に贔屓と捉えられ、クラスで孤立してしまうかもしれない。
「...わかった、待ってるね。先生」
「春斗、我儘言わないの」
すると彼は小さな小指を俺に差し出してきた。不思議に思っていると、彼は笑った。
「じゃ、指切りしよーっ」
俺はその時やっとわかった。大人にとって曖昧に聞こえる約束でも、子どもにとっては確実な約束なのだと。そして今までの曖昧な約束は、責任重大なものだったと。
指切りをしなければこの子を悲しませる。けれど、指切りをすれば小春を苦しめてしまう。
喧騒が遠く聞こえる気がした。


