甘夏小学校の体育館では、全校生徒と教員達が集まっていた。1学期の終了を告げる終業式だ。鈴木が体育館のステージに立って全校生徒に呼びかけるように話していた。
「えぇ、夏休みに入りますが。事故ゼロ、怪我ゼロ、病気ゼロ、悪いことゼロで楽しくお過ごしください。また、二学期に皆の顔を見れることを先生達は楽しみにしてますからね」
そして、校長がステージから降り教員達の連絡、夏休みの宿題についてや熱中症についての話を終え生徒達はそれぞれの教室へと戻っていった。教室に戻ると、何処からともなく蝉の鳴き声が響き渡る。
「じゃあ、夏休みの課題一覧の紙配るから、しっかり保護さんにも見せるように」
結斗は、前の席の生徒達に後ろの席人数分の紙を配っていく。初めての夏休みの課題の多さにえーーと言う声で教室は包まれる。
「せんせー、漢ド20ページって無理だよー」
蒼夜がそう叫ぶと教室は一気に笑いに包まれる。結斗はまた呆れた顔を浮かべていた。
「大丈夫、コツコツやれば」
「やだやだー、代わりにせんせーがやってよ」
「はいはい、俺がやりますって、んなわけねーよ。取り敢えず頑張ろうかっ。まあ、残業なんかよりはまだマシだから」
苦笑しながらそう言う。社会人から見れば小学校1年生の宿題の量なんてかなり少ないように見えるのだ。すると今度は楓が手を挙げる。
「せんせー、そのざんぱんってなんですかっ」
「残飯じゃなくて、残業ね。例えば、多い仕事料が時間のうちに終わらずにお仕事の時間過ぎても仕事やるってことだよ。君達もたまにお父さんやお母さんがなかなか時間になっても帰ってこない経験あるんじゃないかな」
わかりやすい例えにクラスメイト達はなるほどと何処か納得したようだ。すると、今度は胡桃が大声を出した。
「たまに私のパパも家に帰ってこないことあるっ。ばあばとじいじがいる日だけだけどー。それもそのざんねん...ってやつだったりするのー」
胡桃の質問に結斗は腕を組んで真剣に考える。そして、少し経ってから顔を上げる。
「胡桃ちゃんのお父さんが残業かはわからない。でもね、胡桃ちゃんを幸せにする為に頑張ってくれてるのは間違い無いよ」
答えに胡桃の表情はパッと明るくなる。そんな会話をしながら、夏休みの注意事項なども話してるとキーンコーンカーンコーンと校内にチャイムが鳴り響く。この日は正午で学校が終わりだ。1年生と2年生たちは集団下校でそれぞれの岐路へついた。
職員室ではカタカタとパソコンを打ち込む音が聞こえる。教員達も夏休みが明けるまでは学校へ来ることが減る。来るのは校内の見回り当番になった時くらいだ。中には、部活動で来る教員もいる。だが、頻度は減るため最終の書類の確認などに追われる。
「ねえ、東雲先生。夏休み何か予定ありますか」
詩織に声をかけられ、タイピングをしていた指を止める。結斗は夏休みの予定なんて何も考えていなかった。背もたれに深く寄りかかり天井を見つめた。
「...夏休みの予定ですか」
「例えば、花火大会に行くとか、海に行くとか」
彼女の目はキラキラと輝いていた。彼にとって眩しく見える程に。あの人と別れてから、夏休みを満喫しようと言う考えは頭になかった。遅く起きて、ゲームやって、家でダラダラして、二学期に向けての書類作成をダラダラとするだけの日々だった。
「楽しそうですね。でも今の俺には」
喉に出かかった言葉。だが、昔の怠惰な自分に戻ってしまうような気がして怖気づく。すると、詩織の隣のデスクに座っていた飛竜が会話に参加してきた。
「何、秋海棠先生と東雲先生できてんのか」
詩織は、顔を赤らめながら飛竜の肩を強く叩いた。
「もう〜っやめてくださいよ〜。飛竜先生ったら」
何処か彼女の表情は嬉しさと照れが交わっているようなものだった。そんな2人のやり取りをぼーっと東雲はただ見つめるだけだった。すると、飛竜が何かを閃いたようにある提案を2人に持ちかけた。
「甘夏花火大会、一緒に行かね。東雲先生と秋海棠先生と福寿草主任と俺と...」
「良いですねっ。行きましょ、ついでにあの」
詩織は口籠る。その理由は、飛竜の前で出して良いかわからない名前だったから。その人は飛竜が確かに恋していた相手だったから。
「勿論、大人数で行こうぜ。絶対、そっちの方が盛り上がるからな」
「わ、本当ですか。...音葉先生誘って良いですかね」
一瞬だけ飛竜の動きが止まった。この名前を出さなきゃよかったのかもと心の中で詩織は後悔した。だが、彼から返ってきた返事は意外なものだった。
「勿論、数川先生もいたらめっちゃ盛り上がるなぁっ 」
「ありがとうございます。早速聞いてきてみますね」
彼女が職員室を見渡すと音葉の姿は何処にもなかった。きっとまだ職員室に戻ってきていないのだろう。詩織は5年2組の教室へ音葉に声をかけに行った。
5年2組の教室へ着くと、音葉しかいなかった。
「音葉先生」
「あ、詩織先生」
詩織に気がついた音葉は、元気に手を振る。
「ねえ、東雲先生と飛竜先生と私と薊先生で甘夏花火大会行こうって計画してるんだけど音葉先生もどうかなって。大人数の方が楽しそうだし」
「は、花火大会ですか」
「無理なら断ってくるて大丈夫だから。どうかな、音葉先生」
詩織からの誘いに少し迷っているようだった。少し経ったら顔を赤くして両腕を後ろに組んで何やらもじもじし始めた。
「...こ、幸助先生も誘って良いですか」
「勿論。福田先生も音葉先生に誘ってもらえたら嬉しいと思うよ」
詩織がそう言い返すと音葉の表情は、更に花が咲いたようだった。幸助は誘いを受けてくれるかはわからない。だが、音葉にとってどんな反応をされてもドキドキするのも当然だ。
その一方で、結斗は鈴木から校長室へ呼び出されていた。部屋の重い空気に呼び出された彼は身を固めながらソファに腰掛けていた。校長が、息を吸って吐く。
「...東雲先生。そんなに硬くならなくていい。本題に入るが、自分のキャリアアップの為に異動するってこと考えたことはないかね」
考えていた事と別の事を聞かれた為に少し拍子抜けする。てっきりある保護者との関係を聞かれるのではないかと思っていたのだから。
「...い、異動ですか」
「あぁ。ちょっと本人の意思も聞きたいなって思っていたからな。君は確かに、この小学校に必要な教員だ。生徒達の問題にもしっかり顔を背けず、自分なりに考えて行動できる。それは私でも評価できる」
校長は穏やかな目つきで結斗を見つめていた。だが少しやはり複雑な視線も混じっているのは間違いない。
「...ありがとうございます」
「だからこそ、君みたいな生徒に寄り添える教員を必要と思っている学校も少なくはない。そこで提案なのだが、他の小学校で新たな経験を積んでみる気はないかね。甘夏小学校にいたいと君が言ってももしかしたら、教育委員会の方から別の小学校へと言い渡されるかもしれない。今のうちに東雲先生の希望を聞いておきたくて。どうかな」
「...校長先生、僕は...」
視線を逸らし床を見つめ、両足の上に置いた拳をギュッと握りしめる。彼にとってこの職場で色々な人と仲良くなり、居心地がいい。異動なんて本気で考えた事なかった。だが、校長はキャリアのことを考えてくれて希望を聞いてくれているのだ。安易な返事はできない。
数分経った頃だろうか。彼は自分の決意を校長に伝え、ソファーから立ち上がった。そして、お辞儀をして校長室を後にしようとしていた。
「東雲先生」
名前を呼ばれ、振り返る。
「はい、どうされました。校長先生」
「お節介かもしれない。だな、私がアドバイスできるのは一つだけだ。結果がどうあれ、しっかり気持ちを伝えなければいけない時は来る。君は皆に慕われる先生だ。それとは別に不器用だから今まで苦労したことあるだろう」
「...ぶ、不器用って、僕はそんなに」
「ずっと見てきたからわかるのだよ。本人は隠してても。少しは素直になりなさい。東雲先生」
その言葉が何を指しているのかは結斗は何となく勘付いていた。全て見透かされている。もしかして、この異動の話は気を遣ってくれているのかもしれないと。
「...ありがとうございます。では、失礼いたします」


