遠く、儚く。




あの会話を全て聞かれていたなんて……
どんなに傷ついただろうか……
なんで俺はもっとはっきりと彼女を擁護できなかったんだろう…?守れなかったんだろう……?

彼女はシングルマザーでもないし、子どもをきちんと見守っていなかった訳でもない。誰よりも責任感が強く、いつ何時も双子の兄妹ことを第一に考えるそんな姉だ。尊敬されるべき、素晴らしい人だ。

それなのに俺は…大切な人を侮辱するような発言を容認してしまった。何も言い返せず、反論も訂正もしなかった。

絶対に失望されたに違いない……
どうしたらいい……一体どうしたら……



次の日成瀬に自分の思いを伝えて精一杯の謝罪をした。
彼女は気にしなくていいと言ってくれたが、自分を受け入れてくれはしなかった。

よそよそしくなってしまった成瀬とどうしたら良いのか分からず右往左往する樹。




成瀬は樹のことを別に嫌いになった訳じゃなかった。なんなら今も以前同様に恋愛感情も抱いているし、以前のようにお互いの家を行ったり来たりしながら、デートにだって行ってみたかった。

でも陰口を聞いてしまったあの日から、他人が見つめる自分の姿や立場に関する現実に一気に引き戻されてしまい、樹に近づくことができなくなった。ただただ怖かった。

樹の周りには彼の外見の良さだけじゃなく、性格の良さや気品溢れる姿を知っている人が大勢いる。彼の隣にいる女性は妬まれるのは当然だ。

誰のせいでもない…。
私のせいでも…もちろん律や柚のせいでもない……。
何の落ち度もないのに… 周囲の視線を気にして萎縮してしまう。


どうせ私なんて…私の人生なんて…幸せになれないに決まってる…。それなら何とか律と柚だけでも幸せにしなきゃ。


今心を許せるのは樹よりも隼人だ。これでも幼い頃に3ヶ月付き合った仲だ。それに…東京に来てからまだ1人も友達が出来ていない。飲みに誘えるのは隼人しかいないのだ。
 
成瀬が会いたいと連絡すると隼人は瞬時に承諾し、飛ぶようにして成瀬の元にやってきた。




「成瀬ちゃんから会いたいなんて初めてじゃん!嬉しいよ!」
「あ…うん…。」
「どしたの?何かあった?」
「まぁ…うん…」
「とりあえず店入って飲みながら話そ。」


成瀬は病院での騒動について樹に説明した。


「酷いな……」
「うん……」
「てかその男…成瀬ちゃんの好きな人が俺と同じ病院で働いてるってこと??」
「そう。」
「誰…?」
「それはちょっと…」
「いいじゃん〜誰か分かった方がもっといいアドバイスしてあげれるよ〜??」

「……総合診療科の…新見っていう人」 
「えっあの新見先生?!」
「えっ…知ってるの??」
「有名だよ……あれは…そりゃ嫉妬されるし嫌がらせもされるよ〜笑笑」
「そうなの…?」
「そ。救急も外傷も見れてすんげー優秀。いい先生なんだよなぁ…患者さんたちにも人気だし。」
「そうなんだ…」

「2人は付き合ってはないんだよね?」
「うん…告白されて返事はまだしてない。」
「ふーん…成瀬ちゃんは新見先生のこと好きなの?」
「うーん…好き…?…多分好き?」
「多分なんだ?」
「現実的に横にいたらいろんな問題が起こりそうで…。律と柚のこと第一に考えなきゃいけないし…」
「そっか…」