遠く、儚く。

 ここは新見が勤務する病院からわずか2駅と、立地も家賃も悪くない都市型マンションだ。ファミリー層と独身層が入り混じる混合タイプで、新見が住んでいるのはちょうど中間の2LDKタイプ。1人で住むには狭くもなく、広くもない家だ。

 このマンションには同じ病院に勤務する医療従事者も多い。だから私生活は私生活でも、寮生活とあまり変わらないというのが少々難点だ。複雑な人間関係を好まない新見は、職場でも私生活でも必要最低限のコミュニケーションを徹底している。

医師という仕事にはやりがいを感じているし、経済的にも安定している。両親も満足させることができたし、休日には誰にも邪魔されず自分の趣味に没頭できる。現状を変えるつもりもないし、変えたいと思ったこともない。

 当直も残業もほとんどない総合内科だが、今日は珍しく急患が入り、担当医が不在であったため新見が残業をすることになった。あぁ疲れた…。病棟の廊下を歩きながら新見がため息をついた。壁にかぼちゃの装飾が施されているのを見て、明日は世間で言うハロウィンという日なのか、と気づく。明日は入院中の子供たちがお菓子をくれと次々に回ってくるだろうなぁ…と想像しながら帰途につく。

病院の外に出てもう一度ため息をつくと、心なしか吐息が白く見える。弱まり始めた虫の鳴き声、枯れかけの草の匂い、喉に入り込む冷たい空気、澄んだ夜空に輝く三日月。
 ーそうか、今年もまた冬がやってくるのだな。



 新見がいろんな考えを巡らせながら歩いているといつのまにか自宅マンションの前に着いていた。エレベーターを待っていると後ろから「こんばんは」と声をかけられた。

ふと腕時計を見ると4時を回ろうとしている時刻。

「こんばんは。遅いですね。」
「ふふっ…お互い様です。」

控えめながらもお茶目に笑う彼女に思わず微笑む。705号室の住人・大嶌成瀬。彼女が引っ越して来てから2回ほど遭遇したが毎度彼女は先に挨拶をしてくれた。

「こんな遅くに……あっいや、たまには遅くなる時もありますよね?笑 残業ですか?」
「残業…まぁそんなところです。」

見ると彼女もスーツ姿だ。社会人だったのか…。
お疲れ様です、と笑い会釈をする彼女の優しく柔らかいオーラに不覚にもドキッとしてしまった。