律の家は駅近くの高級マンションで、エレベーターで上がっていって玄関を入って行くと誰も居なかった。


「今日は母さんたちは出かけてます。姉さんも友達のところみたい。」


 リビングに恋を通しながら律が言った。

 
「ゆったり寛いでください。誰も居ないんで。気兼ねしないで。僕歓迎してますよ。自分の家みたいに思ってください。」


 ソファに腰掛けた恋に、律はキッチンでオレンジジュースを2つのコップに入れながら話しかける。


「誰も居ないと静かですね。こういう静寂、ちょっと好きだな。日常に隠れた不思議って感じ。穏やかな日々の一片、これから僕ら仲を深めるんですよ。……恋って、狐になってるのと人になってるのどっちが好きですか。」

「私は……」


 狐かな、と言うと律はクスクス笑った。


「甘えたがそうなんですよ。僕は人の方が好きです。自由だし喋れるし。考え事しやすいし。気分がこざっぱりするし。精神的だし。狐だとどうしても思考が野性的に単純になりますもんね。親も姉さんも僕も滅多に狐にはなりません。」


 それから、


「狐になってても良いですよ」


 と言ったので、恋はありがたく子狐になる事にした。

 子狐の姿でソファに丸まった恋を、律は満足げに見やった。


 それから、何を思ったのか、律は人の姿でソファに腰掛けると、恋をふわりと胸に抱き上げた。

 子狐の恋がきょとんとしていると、律はニコっと笑ってまた言った。

 
「僕は人の姿で居る方が好きなんです。こうやって狐を抱き上げることもできるし。抱きしめることもできる。逆に首を摘んでぶら下げることもできるけど。動物って飼い主に左右されるし不便ですよ。人の姿だとそんな事はない。恋も人の姿を好んだ方が良いですよ。」

 
 律は抱き上げた恋に顔を近づけた。目を閉じる。


「あったかいなあ」


 律が静かに呟いて目を開けた。

  
「チューしても良いですよ。」


 小声で囁かれた言葉に、恋は目をぱちくり。


 恋が動かずに黙って居るとやがて律は1人でクスクス笑い出した。

  
「なーんてね。恋はまだまだ子狐ですね。」