恋は、忘れものと失くしものの常連だった。
 学校で使う教科書を忘れ、よく下敷きを忘れ、時々は筆箱を家に忘れた。
 なんでこんなにうっかりしてるんだろう、と恋は自分で首を傾げる。
 移動教室の時は持っていったものから必ず何か1つを使った教室に置いてきてしまった。


 今日は音楽室で授業があった。
 教室を出てから、恋は、下敷きを机に入れっぱなしだった事に気付いて、音楽室へ戻った。

 ドアを開ける前に、有名なクラシックを弾くピアノの音がして、恋は耳を澄ませた。

 メロディラインをなぞりながら音楽室の扉を開けると、美風が1人で座ってグランドピアノを弾いていた。

 美風は戸口の恋に気づいてすぐピアノを弾くのを辞めた。


 
「あ、新田さん」

「樋山くん」

「どうしたの?。忘れもの?。駄目だよ、気を付けなきゃ。」

「うん」


 恋は頷いて、自分の席に戻って下敷きを取ってから、美風の居るピアノの前に行った。

 宗介に美風とは話すなと言われていたが、今はその宗介は居ない。

 美風はピアノの椅子に座って、今度は片手だけで簡単な単音のメロディをポロンと少しだけ弾いた。


「そうだ、今言わなきゃ」


 恋が黙ってそれを聞いていると美風が口を開いた。


「新田さん、今度の日曜、2人でキャンプに行かない?」

「えっ……」


 いきなりそう言われたので恋はちょっと困った顔をした。

 恋は、曲が聞こえたのでなんとなく近寄って行っただけで、決して今日美風にそんなふうに誘われる気なんてなかったのである。


「キャンプの時は狐になっていいよ。好きでしょう?狐になるの。前から親に行くって言ってあって、ツアーのバスも押さえてて。広告見てこれだ!って思った。狐になれる人の好きなのは森でしょう、山でしょう?。絶対気に入ると思って。後はキミを誘うだけだったんだ。」


 それから、


「腹の立つ事に上野がキミを独占してるから、こういう風に、偶然のチャンスがないとキミを誘えない。」


 と残念そうに呟いた。


「2人では、ちょっと」

「どうして?」

「宗介に怒られるから」

「そんなの無視すれば良い。僕は、」


 美風はそこで言葉を切った。


「キミを独占できるならなんだってする。いつもそう思ってる。愛情が形を取って目に見えたら、新田さんにそんな風に言わせないのに。ねえ?行こうよ。」

「ごめんね樋山くん……」

「嘘。キミは僕と絶対にキャンプに行くね。もう決まりで、動かない。時々は僕とも遊んで、僕の事を思い出して貰わないと不公平だ。いつも上野ばっかり。どうして僕じゃないのかっていつも悩んでる。僕だって新田さんを大事にできる準備、もう沢っ山してあるのに。そうそう、」


 美風は口に人さし指を当てた。
 

 
「この事、上野に言っちゃ駄目だからね。」

「……」



 恋は複雑な顔をして音楽室を出た。