大きく目を見開いているロバートから、まだ幻覚の蝶は出てこない。
(ロバート様の蝶が、何を言うのか興味あるわね。エレンと同じで『大嫌い』とかかしら?)
ディアナがロバートをジッと見つめると、天井からヒラヒラと花びらが落ちてきた。
(ライオネル殿下のときと同じだわ)
しかし、花びらの色はピンクではなく真っ黒だ。
(きれい。だけど、なんとなくロバート様のは、あまりいい意味ではなさそう)
ディアナはロバートの向かいのソファーに腰を下ろしてから、改めて尋ねた。
「手紙を読んで来てくださったのですよね?」
「ああ、そうだ」
それまで、どこかぼんやりしていたロバートは、ディアナの言葉で我に返ったようだ。握りしめていた手紙をテーブルに叩きつける。
「なんだ、この手紙は!?」
「そのままの意味ですよ」
ディアナは手紙にこう書いた。
――そんなに私のことが気に入らないのなら、すぐにでも婚約解消しましょう。私達は、同じ気持ちなので、協力できるはずです。
(ロバート様は、喜んでくださると思っていたのに)
なぜか怒っているロバートが、ディアナは不思議で仕方ない。
「婚約解消するだと?」
「はい。ロバート様は私のことお嫌いですよね?」
ロバートから返事はない。
「これまでの態度を見ていたら、さすがに分かります。家のためとはいえ、ここまで嫌われている方に嫁ぐのは、私も避けたいのです」
いつもは一方的に、ディアナを責めて貶しているのに、今のロバートは口をパクパクさせながら人差し指をディアナに向けるだけで言葉を発しない。
「ロバート様だって、もっと気の合う方と婚約したいですよね?」
何を言ってもロバートから返答がない。
「具合が悪いのですか? 少し失礼しますね」
ディアナは、そっとロバートの手に触れた。
「熱はなさそうですが?」
そのとたんに、ロバートの胸辺りから灰色の蝶が出てきた。しかし、蝶の羽はボロボロで、飛び方も今にも落ちてしまいそうなほど危なっかしい。
蝶から聞こえてきた声は、かすれていて聞き取りにくかった。
――ぎゃ、わいい
(ぎゃわいい……?)
ディアナの視線から逃れるように、ロバートは顔をそむけている。その横顔は、不機嫌そうだ。
(もしかして、『可愛い』かと思ったけど、ロバート様に限ってそれだけはないわね)
触れていた手を乱暴に払われたので、ディアナはやはり可愛いではないと確信する。
ソファーから立ち上がったロバートは「婚約解消はしない!」と叫んだ。
「え? そんな。お互いの希望を叶えるためにも、協力を……」
「どうせ、女なんて誰でも一緒だ。だったら、私はおまえでいい」
「おまえでいい……」
ディアナが言葉を繰り返すと、ロバートの眉間にシワが寄る。
「前の夜会で頭をケガしたのだろう? 傷がある女を誰がもらってくれるんだ?」
「それは……」
ディアナがうつむくと、ロバートからため息が聞こえてきた。
「私の責任でもあるから私が貰ってやる。おまえは、侯爵夫人になれるんだぞ? 感謝するんだな」
ロバートは「二度とバカな手紙を寄こすなよ」と言い残して客室から出ていった。
(協力できると思ったのに……。まさか、ロバート様が私のケガに責任を感じていたなんて)
あれは偶然に起こった事故のようなものだったので、ロバートに悪気がないことはディアナには分かっていた。
それでも、その場で見せたロバートの対応を受け入れることはできない。
(でも確かに、私がケガをして夜会で血を流したことは、社交界の噂になっているわよね。ロバート様と無事に婚約解消できたとしても、嫁ぎ先が見つからないかもしれない……)
そこまで考えてディアナは、重要なことを思い出した。
ロバートは、侯爵家の一人息子だが、ディアナだって伯爵家の一人娘だ。本来なら嫁がずに婿養子をとるはずだった。
しかし、侯爵家との繋がりを求めた父がディアナを嫁に出すことを決めた。伯爵家を親戚の誰に継がすかは、まだ決まっていない。
(だったら私が嫁に行かず、婿を取ったらいいのではないかしら?)
貴族の嫡男以外は、貴族に婿入りするか、手柄を立てて爵位を得るしか貴族であり続けることができない。そのために、貴族に生まれた次男や三男は騎士になることが多い。
(そうよ、私の爵位目当てで結婚してくれる人を探せばいいんだわ。それが、コールマン侯爵家と同じくらい利益のある相手じゃないと、父は納得しないでしょうけど。それでも、何もしないよりマシよね)
都合が良いことに、後日、お礼に伺うという名目で、騎士団を持つライオネルに会う予定がある。
(ついでに、いい人がいないか相談してみましょう。ライオネル殿下には、図々しいと呆れられてしまうでしょうけど、なりふり構っていられないわ)
それくらいディアナは、もうロバートとの未来を描けなくなっていた。
(ロバート様の蝶が、何を言うのか興味あるわね。エレンと同じで『大嫌い』とかかしら?)
ディアナがロバートをジッと見つめると、天井からヒラヒラと花びらが落ちてきた。
(ライオネル殿下のときと同じだわ)
しかし、花びらの色はピンクではなく真っ黒だ。
(きれい。だけど、なんとなくロバート様のは、あまりいい意味ではなさそう)
ディアナはロバートの向かいのソファーに腰を下ろしてから、改めて尋ねた。
「手紙を読んで来てくださったのですよね?」
「ああ、そうだ」
それまで、どこかぼんやりしていたロバートは、ディアナの言葉で我に返ったようだ。握りしめていた手紙をテーブルに叩きつける。
「なんだ、この手紙は!?」
「そのままの意味ですよ」
ディアナは手紙にこう書いた。
――そんなに私のことが気に入らないのなら、すぐにでも婚約解消しましょう。私達は、同じ気持ちなので、協力できるはずです。
(ロバート様は、喜んでくださると思っていたのに)
なぜか怒っているロバートが、ディアナは不思議で仕方ない。
「婚約解消するだと?」
「はい。ロバート様は私のことお嫌いですよね?」
ロバートから返事はない。
「これまでの態度を見ていたら、さすがに分かります。家のためとはいえ、ここまで嫌われている方に嫁ぐのは、私も避けたいのです」
いつもは一方的に、ディアナを責めて貶しているのに、今のロバートは口をパクパクさせながら人差し指をディアナに向けるだけで言葉を発しない。
「ロバート様だって、もっと気の合う方と婚約したいですよね?」
何を言ってもロバートから返答がない。
「具合が悪いのですか? 少し失礼しますね」
ディアナは、そっとロバートの手に触れた。
「熱はなさそうですが?」
そのとたんに、ロバートの胸辺りから灰色の蝶が出てきた。しかし、蝶の羽はボロボロで、飛び方も今にも落ちてしまいそうなほど危なっかしい。
蝶から聞こえてきた声は、かすれていて聞き取りにくかった。
――ぎゃ、わいい
(ぎゃわいい……?)
ディアナの視線から逃れるように、ロバートは顔をそむけている。その横顔は、不機嫌そうだ。
(もしかして、『可愛い』かと思ったけど、ロバート様に限ってそれだけはないわね)
触れていた手を乱暴に払われたので、ディアナはやはり可愛いではないと確信する。
ソファーから立ち上がったロバートは「婚約解消はしない!」と叫んだ。
「え? そんな。お互いの希望を叶えるためにも、協力を……」
「どうせ、女なんて誰でも一緒だ。だったら、私はおまえでいい」
「おまえでいい……」
ディアナが言葉を繰り返すと、ロバートの眉間にシワが寄る。
「前の夜会で頭をケガしたのだろう? 傷がある女を誰がもらってくれるんだ?」
「それは……」
ディアナがうつむくと、ロバートからため息が聞こえてきた。
「私の責任でもあるから私が貰ってやる。おまえは、侯爵夫人になれるんだぞ? 感謝するんだな」
ロバートは「二度とバカな手紙を寄こすなよ」と言い残して客室から出ていった。
(協力できると思ったのに……。まさか、ロバート様が私のケガに責任を感じていたなんて)
あれは偶然に起こった事故のようなものだったので、ロバートに悪気がないことはディアナには分かっていた。
それでも、その場で見せたロバートの対応を受け入れることはできない。
(でも確かに、私がケガをして夜会で血を流したことは、社交界の噂になっているわよね。ロバート様と無事に婚約解消できたとしても、嫁ぎ先が見つからないかもしれない……)
そこまで考えてディアナは、重要なことを思い出した。
ロバートは、侯爵家の一人息子だが、ディアナだって伯爵家の一人娘だ。本来なら嫁がずに婿養子をとるはずだった。
しかし、侯爵家との繋がりを求めた父がディアナを嫁に出すことを決めた。伯爵家を親戚の誰に継がすかは、まだ決まっていない。
(だったら私が嫁に行かず、婿を取ったらいいのではないかしら?)
貴族の嫡男以外は、貴族に婿入りするか、手柄を立てて爵位を得るしか貴族であり続けることができない。そのために、貴族に生まれた次男や三男は騎士になることが多い。
(そうよ、私の爵位目当てで結婚してくれる人を探せばいいんだわ。それが、コールマン侯爵家と同じくらい利益のある相手じゃないと、父は納得しないでしょうけど。それでも、何もしないよりマシよね)
都合が良いことに、後日、お礼に伺うという名目で、騎士団を持つライオネルに会う予定がある。
(ついでに、いい人がいないか相談してみましょう。ライオネル殿下には、図々しいと呆れられてしまうでしょうけど、なりふり構っていられないわ)
それくらいディアナは、もうロバートとの未来を描けなくなっていた。


