君は、狂愛の檻の中 ~偽りの君に恋をした~






「…………ゆ、う………」


かすかに震えた小さな唇から、そんな掠れた声がこぼれ落ちた。

それは確かに、誰かの名前で。


……『ゆう』?


誰だ、それ。


胸の奥に、妙な引っ掛かりが生まれる。

初めて聞いた名前のはずなのに、どうしてかやけに重く、苦しい。




「………どうした?」


気づけば、俺はバイクから降りて足を進めていた。


ザク、ザクと砂を踏み締める音だけが、耳元でやけにうるさく響く。



すぐ近くで白波が弾けているはずなのに、なぜかすべてが遠くの出来事みたいに思えた。


一歩近づくたびに、由良の輪郭が鮮明になっていく。




夜風に乱される、細い髪。
伏せられたままの、長い睫毛。
街灯の光を吸い込んだみたいに、白く透き通った頬。


いつもは地味で目立たないはずのあいつが、今は……ガラス細工みたいに、やけに脆く見えた。



触れたら簡単に壊れてしまいそうで、伸ばしかけた手を、一瞬躊躇う。



──その時、強めの風が、由良の前髪を乱暴に煽った。


隠されたその奥にある表情が見たくて、今度は迷わず手が伸びる。



すくい上げるように、そっとその髪をかき分けた、その瞬間。



視界が、ぐにゃりと歪んだ。


「──っ!?」

ドクン、と、鼓動が頭を殴る。


「お、前…………」


伸ばした俺の指先が、冷たく凍りついた。