君は、狂愛の檻の中 ~偽りの君に恋をした~


伸ばした指先が、そっと目の前の頬に触れた。


「なんで、泣いてんだよ……………」

つぅ、と頬を伝う涙が、夜の光に細く光る。
その一粒が、やけに重く見えた。


……なんでだ。


なんでお前は、こんなにも脆くて、今にも夜の闇に溶けて消えてしまいそうなんだ。


生意気で、少し口も悪くて、
常にこっちを振り回してくるような奴だったはずなのに。

今の俺には、目の前の存在が“誰なのか”さえ分からなくなっていた。



お前は、一体────




「もう、私から離れていかないで………っ……」


その声に、思考が止まる。


ギュッ、と。
俺の特攻服の胸元を、小さな手が掴んだ。

縋るみたいに。
必死に、逃がさないように。

その力が、あまりにも弱くて。
なのに、どうしようもなく強くて。


その瞬間だった。

胸の奥で張りつめていた何かが、音を立てて切れる。



(……は?)


怒りじゃない。
混乱でもない。

さっきまであった“疑い”とか“違和感”とか、そんなもん全部どうでもよくなっていた。


ただひとつ、胸の奥から溢れてくる感情だけが、やけに鮮明だった。

独占欲よりも。
支配欲よりも。
もっと深くて、甘くて、痛いほど重いもの。






──愛おしい。



それ以外の言葉が、見つからない。

この感情の正体が、分からないまま。
ただ確かに、俺の中に落ちてきていた。