君は、狂愛の檻の中 ~偽りの君に恋をした~

♠ Yui


「Goshawk……?」

「………そう。ここ、crowと敵対している大きな組織だよ。ウチとは意見が合わなくてね」


ボスが淡々と語るその名は、冷たい刃のように私の鼓動を切り裂いた。

先日、”月華”を執拗に襲撃してきたあの組織。


……そうか、奴らは”Goshawk(オオタカ)”と呼ばれているのか。
”Crow(カラス)”を名乗るこの組織にとっての、空の覇権を争う天敵──



………そんな組織の構図なんて、今の私にはどうでもよかった。

知りたいのは、その組織の深淵に潜む、たった一人の影だけだ。


「そこの、トップの名は……?」

「………九条(クジョウ)だ。僕と、永遠の因縁関係にある。まあ、ライバルというやつかな」


ドクン、と心臓がイヤな音を立てた。

指先が急速に冷えていく。


九年前のあの日。
目の前で、兄の鼓動が止まった音。


去年。
私の隣から、また一人いなくなった夜。




“生きていく理由”を削り取っていった、たった一つの影。

──九条。


この世で最も憎み、その息の根を止めると誓った、私”たち”にとって一番の仇────。



(まだ……生きてるんだ)


胸の奥で、何かが静かに燃えた。
憎しみなのか、恐怖なのか、それすらもう分からない。

ただ一つだけ確かなのは。


………あの男だけは、絶対に終わらせなきゃいけないということ。






────そのとき、
耳の奥に、別の声が蘇る。



──『元気そうで、よかった』


優しくもなく、温かくもない。
なのに、どうしてか捨てられなかった声。



由良。
あの夜、月華の集会の中で見た影。

あの冷たい銃口の先に立っていたのは、間違いなく“あの子”だった。

髪も声も、変わっていたのに。


それでも分かった。
生まれた瞬間から同じ鼓動を持っていた相手を、間違えるわけがない。



(……九条の、ところにいる)


喉の奥が痛い。

あの子は、まだそこにいる。
あの男の世界の中で、呼吸をしている。

選んだんじゃない。
選ばされたまま、そこにいる。


そう思った瞬間──胸の奥が、別の熱で満ちた。


憎しみじゃない。
もっと厄介なもの。

どうしようもなく、捨てられないもの。




「ボス、この件は私が担当します」


気づいたら、口が動いていた。
静かな声だった。


でもその中身は、もう決まっていた。


九条を殺す。
それは変わらない。

───でも、それだけじゃ足りない。


”由良”


あの子がどこにいようと。
どんな闇の中に沈んでいようと。



…………待っててね、由良。
私がきっと、あなたを連れ戻すから。


壊れていてもいい。
汚れていてもいい。

………それでもいいから。


せめて一度だけは、ちゃんと目を合わせたい。







月明かりが差し込む。
影が、地面にゆっくりと伸びていく。


それはまるで、獲物を狙う烏の形をしていた。

───静かに、確実に。
もう戻れない方向へと、私を引きずっていく影だった。