君は、狂愛の檻の中 ~偽りの君に恋をした~



不意に、由良がこちらを振り向いた。


「…………蓮さん」


呼ばれた瞬間に、心臓が跳ねた。

さっきまで俺の胸で泣いていた声よりも、ずっと大人びて、遠い。
月の光を背負った由良の瞳は、もう湿ってなんていなかった。


「……っ、なんだ?」

「………僕、予定が出来たので、そこに寄ってから帰ります。…………なので、蓮さんも先に帰っててください」


ヒュッと、喉元が変な音を立てた。


さっきまであんなに震えていたくせに。
俺の服を掴んで、離れるなって言ったくせに。


今はもう、まるで何事もなかったみたいに線を引いてくる。

その言葉が、じわじわと頭の熱を奪っていく。



(……誰に、会いに行く)


俺の知らない“由良”が。
俺の知らない場所へ。
俺の知らない誰かと一緒に。

帰っていこうとしている。


視界の隅で、"カケル"が鼻で笑ったのが見えた。フッ、と息を吐くみたいな軽い嘲笑。

目を向ければ、そいつは堂々と俺を見ていた。


まるで最初から、
「お前は関係ない」とでも言うような目。


それは───こっちを、俺を……“蚊帳の外”だと決めつけた視線だった。



「………そろそろ、いくぞ」

「……ん」


迷いのない、短い肯定。
その瞬間、"カケル"が由良の手首を掴んだ。

ためらいもなく。
当然みたいに。


俺がさっき、壊れ物に触れるみたいに触れたその手を。

あいつは何の躊躇もなく引いていく。


「──────っ」


去り際、"カケル"がこちらに投げたのは、勝ち誇ったような、イラつく笑み。


”こいつは、お前の住む世界の住人じゃない”
そう、突きつけられたような気がした。




俺はただ、砂浜に取り残される。

潮風だけが、やけに冷たく頬を撫でていた。



遠ざかる二つの背中が、夜に溶けていく。

────その光景を、俺はただ、見送ることしかできなかった。