「…………だから、ありがと。今まで全部一人で抱え込んできたから、秘密を共有できる相手が出来てよかった。」
「橘花さん………」
彼女は、泣き顔からは一転、晴れやかな笑顔を見せた。
重荷を分け合えた安堵からか、その表情には一片の疑いもない。
騙されているとは知らずに、敵であるはずの私に笑顔を振りまいて。
(優しいのはむしろそっちの方だよ………だけどね、その優しさは後に命取りになるんだよ、お姫様。)
「あ、そうだ……出来れば私のこと、名前で呼んでくれる……?”橘花”って呼ばれるの、あんまり好きじゃないの」
彼女は少しはにかみながら、上目遣いで私を見た。
名字で呼ばれることは、彼女にとって”家”という檻や、あるいは”姫”という理想を押し付けられているように感じるのかもしれない。
「あ、じゃあ………桃華さんで。」
「私も………椎名くんのこと、名前で呼んでもいい?」
「はい。……もちろん」
「ふふ、由良くん。……あらためて、よろしくね」
偽名である”ユラ”という響き。
本来なら、誰に呼ばれても心が動くはずのないただの符号。
……………なのに。
「…………はい。よろしくお願いします、桃華さん」
差し出された小さくて白い手。
それを握り返す私の手は、彼女の熱を吸い取ってしまいそうなほど冷たかった。



