君は、狂愛の檻の中 ~偽りの君に恋をした~


「………首尾は?」


中学生くらいのガキ──“カケル”が吐き捨てた言葉に、空気が変わる。


あまりにも場違いだった。

海辺にも。
この夜にも。
さっきまで流れていた涙にも。


“首尾”。


そんな言葉を、こんな年齢のガキが平然と口にすること自体がおかしい。

そこにあるのは、子ども同士の会話なんかじゃない。

もっと暗くて。
もっと深くて。


……血の匂いがする世界の言葉だった。



「………まあ、ぼちぼち」


フイッと視線を逸らした由良と、バチッと目が合う。……けれど、その瞳に宿っていた熱は、一瞬で氷のように冷え切って。


俺が知っているはずの”由良”は、どこか遠い場所へ行ってしまったかのように、すぐさま視線を外された。



「…………なんだっけ、なんか言ってなかったっけ、あの時。どっかの組織と…ってやつ」


……あの時?組織………?

”カケル"の口から漏れる不穏なワードが、夜の静寂を切り裂く。

俺の知らない時間、俺の知らない場所。


「ああ、二日目?にちょっと………」


「ふーん?あ、そういえばーーがお前の事呼んでたぞ。最近会ってないって」


会話に混じる、聞き取れない誰かの影。

俺の前ではあんなにも脆く、守ってやりたいと思わせたあいつが………。
今は俺を蚊帳の外に置いて、知らない誰かの話をしている。



「あー、まあ一応この後報告に行くつもりだったけど………」


この後………?報告……?
何をだ。誰にだ。

お前は今、俺と一緒にいるんじゃねぇのか。

俺が守ると決めた、その覚悟さえも、お前にとっては”報告”すべき仕事の一部に過ぎないのか……?


胸の奥が、じわじわと黒く濁っていく。


「……そうなん?じゃあ一緒に行こうぜ。俺も呼ばれてっから。」


”カケル”が自然な動作で由良の隣に並ぶ。

その距離感が、無性に腹立たしかった。


俺の知らない場所で。
俺の知らない時間を共有してきた奴だけが持つ、“当たり前”の近さ。


「………うん、」


迷いのない返事。

短くて。
当たり前みたいで。


──その一言だけで、胸の奥が酷く軋んだ。



“月華”の総長として、どこへ行っても中心だったはずの俺が。

今はただ、砂浜に打ち上げられた流木みたいに。二人のやり取りを黙って見ていることしかできない。


(……ふざけんな)

喉の奥で、低い感情が渦を巻く。


お前は、俺の隣で笑ってたんじゃねぇのか。

俺の手を掴んで。
泣きながら、“離れないで”って言ったんじゃねぇのか。


なのに。
俺の知らない闇へ、勝手に帰っていくな。


ギリ、と拳を握りしめる。

怒りなのか。
嫉妬なのか。

もう、自分でも分からなかった。



───ただ。
胸の奥で暴れ出した感情だけが、どうしようもなく熱かった。