これからは、お前のためだけに力を使う。
……胸の奥で、その言葉が静かに形になる。
桃華に返すべき恩を忘れたわけじゃない。
背負ってきた“月華”の看板を捨てるつもりもない。
……だけど。
今この瞬間だけは、理屈よりも先に魂が叫んでいた。
目の前で壊れそうに震えている、この存在を守れ、と。
誰よりも優先しろ、と。
「由良、お前は、俺が守るから───」
言葉を口にした瞬間、自分の中で何かが決定的に変わる音がした。
お前はもう、そんな顔しなくていい。
つらい記憶なんて忘れて。
ただ、俺の隣で笑っていればいい。
もう二度と。
引き鉄の音に怯えなくていい。
血に染まった海を見なくていい。
お前の過去にある暗闇ごと、全部。
俺が、この灯台の光よりもずっと明るく照らしてやるから。
「─────!!」
次の瞬間。
見開かれた瞳から、耐えきれなくなったようにボロボロと大粒の涙が零れ落ちた。
言葉にならない声を漏らし、俺の胸に顔を埋めるその細い肩。
その温もり、その重み。
……すべてが、冷え切っていた俺の心臓に、熱い火を灯していく。
「……っ」
息を呑む。
こんなにも誰かを失いたくないと思ったのは、初めてだった。
俺は、壊れ物を扱うような手つきで、そっとその小さな背中を抱きしめた。
腕の中に収まってしまうほどの、あまりにも小さな命。
俺の特攻服が彼女の涙で濡れていく。
その湿り気さえも、俺にとってはどんな勲章よりも誇らしいものに思えた。
”愛おしい”
………そんな感情は、今はまだ、胸の奥に深くしまって。
こいつが男だとか、男じゃないとか………そんな理屈も一旦置いておいて。
俺に向けられた信頼も、縋るようなその手も、すべてを丸ごと受け入れるから。
今は、今だけは─────
お前を────


