君は、狂愛の檻の中 ~偽りの君に恋をした~


「………それで話は飛びますが、ココは、僕にとって思い出の場所であると共に、トラウマの場所でもあるんです。」


穏やかだったはずの声に、急に刺すような冷たさが混じる。


“思い出”という柔らかな響きを、無理やり押し潰すように出てきた“トラウマ”という言葉。

その瞬間まで胸にあった、わずかな温度が一気に引いていくのが分かった。




「………トラウマ?」

「…………はい」


ヒヤリ、と背中に冷たいものが落ちる。

踏み込んじゃいけない領域に、足を入れた気がした。


月明かりの下。
由良の瞳が一瞬だけ、鋭く色を変える。

さっきまでの柔らかさが嘘みたいに消えて、そこにあるのは“今ここ”じゃない景色を見ている目だった。


俺じゃない。
この海でもない。

もっとずっと前の、どこか血の匂いのする過去を見ている。




「………………殺されたんです」

「は?」


一瞬、意味が追いつかなかった。


“殺”という単語だけが、現実から浮いて宙に残る。この海岸の空気に、あまりにも似合わない言葉だった。


暴力なんて日常みたいに転がってる世界にいるはずの俺でさえ、思考が止まる。


笑い飛ばせる冗談の温度じゃない。
───こいつの目が、それを許さない。



「目の前で………この思い出の場所で、心臓を撃ち抜かれました」


淡々とした声。


けれど、その一言だけで、潮騒の音が遠くに押しやられる。

………波の音が、急に“別の世界の音”みたいに感じた。



(……そうか)

今さら、点が繋がっていく。

初めて会った時の違和感。
生きているのに、生き急いでいないみたいな生気のない目。

笑っていても、どこか薄い影が落ちているような、胡散臭かった理由。


全部。
これだったのか。

俺はゆっくりと息を吐く。

胸の奥が、さっきまでとはまた別の重さで沈んでいく。



あぁ、だからお前は。

俺の服を掴んで………「離れないで」なんて言ったのか。

俺を見ていたんじゃない。
ただ──


あの日ここで、目の前から消えていった“誰か”の影を………必死に重ねていただけだった。

俺の中に生まれた熱が、形を変える。


甘さじゃない。
恋でもない。

もっと鈍くて、重くて、やりきれないもの。



波が寄せては返すたびに、言葉にならない感情だけが静かに沈んでいった。