君は、狂愛の檻の中 ~偽りの君に恋をした~



横顔を見つめながら、胸の奥で燻る熱を必死に押し殺す。


………男だとか女だとか。
そんな境界線は、とっくに意味を失っていた。

俺の中にあるのはもう、理屈じゃない。

ただ、この目の前の"存在"そのものに、どうしようもなく引き寄せられているという事実だけだった。



………たとえこれが、誰にも祝福されない茨の道だとしても。

お前が呼ぶ“ゆう”という名前に、俺がなることはできないとしても。


それでも。


夜風に揺れる髪に、そっと手を伸ばす。
壊れ物に触れるみたいに、慎重に。

指先に触れた感触が、やけに柔らかくて──逆に怖くなる。


報われない。
そんなの、とっくに分かってる。


それでも構わないと思ってしまう自分が、一番タチが悪い。


ただ、今は、この潮騒の中で。
こいつの隣に立っていられる………それだけでいい。

そう思った、その瞬間だった。









「兄とはよく一緒に遊んだりして、僕のことを可愛がってくれたし、僕も兄のこと、大好きだったんです………」


静かな声が、波音に溶けていく。


その“好きだった”という言葉が、やけに胸に引っかかる。

優しい記憶のはずなのに。
どこか遠くて、今のこいつとは違う世界の話みたいで。


チリ、と胸の奥が小さく焼けた。


「……………」

「それでまあ、蓮さんみたいに、実は僕も小さい頃はよくこの海辺に来ていたんです。」

「そうなのか?」

「はい。まあ、運悪く(?)一回も顔は合わせませんでしたけどね。」


クス、と自嘲気味に笑う。

その笑い方が、妙に胸に残る。


──マジかよ。


同じ場所にいた。
同じ風を浴びて。
同じ波を見ていたかもしれないのに。

少し時間が違えば。
ほんの少しだけ、出会う順番が違えば。

俺たちはもっと前から、隣にいた可能性があったってことか。



潮風が、やけに冷たく頬を撫でていく。

もし──

特攻服なんて着る前の。
ただのガキだった頃に、こいつと出会っていたのなら………。

俺たちは………今と同じ顔で、ここに立っていただろうか。


………それとも。

もっとずっと、簡単に笑えていたんだろうか。



静かにくりかえされる波の音だけが、答えのない問いを流し続けていた。