君は、狂愛の檻の中 ~偽りの君に恋をした~

♠ Ren


「────俺が、小さいころからよく来てた場所だ。……天気がいいと星空も見えて綺麗だし、ひとりになりたい時はちょうどいいからな」


言葉を吐き出しながら、俺はバイクのハンドルに軽く体重を預けた。
波打ち際から吹き上がる風が、髪を乱暴に揺らしていく。


……最近は、ここにも来てなかった。


“月華”の総長としての顔でもなく、誰かに見せるための俺でもない。
ただの「蓮」に戻れる、数少ない場所。


「どうだ、いい場所だろ?」
少しだけ冗談めかして振り返った………その瞬間だった。

──言葉が、喉の奥で止まる。




「──────」

「………由良?」


そこにいたのは、いつもの地味で弱々しい“あいつ”じゃなかった。


夜の海岸にぽつんと立つ影。
風に煽られた髪が乱れ、波の音に飲まれそうなほど静かに佇んでいる。

いつもみたいに軽口を叩くわけでもない。
俺の後ろを子犬みたいに追いかけてくるわけでもない。



ただ、そこに立っているだけなのに──妙に遠く感じた。


………まるで、世界からひとりだけ切り取られたみたいに。




「……………ゆ、う………」


唇が、小さく震える。

かすれた声。
それは確かに、誰かの名前だった。


……ゆう?

誰だ、それ。

胸の奥に、妙な引っかかりが生まれる。
初めて聞いた名前のはずなのに、妙に重い。


「………どうした?」


気づけば、俺はバイクから降りていた。


砂を踏む音だけがやけに大きく響く。
波の音が近いのに、どこか遠い。

近づくたびに、由良の輪郭がはっきりしていく。


風に乱された長い髪。
伏せられたままの視線。
そして、夜の暗さの中でもわかるほど白い頬。


いつもより、やけに“脆く”見えた。

──触れていいのか、迷うくらいに。


前髪が、風にあおられて揺れる。


その奥にあるはずの表情が見えなくて、無意識に手が伸びた。


そっと、髪に触れる。

すくい上げるように持ち上げた、その瞬間──

視界が、揺れた。


「────っ!」









ドクン、と心臓が音を立てる。


「お、前…………」


伸ばした指先が、凍りついたように止まる。