「………妹ちゃんはさ、戻りたいとか思わないの?”アソコ”に」
「────」
男が何でもないみたいに言ったその一言に、由良がぴたっと止まった。
………なんだ?
空気が一瞬だけ、街の喧騒から切り離されたみたいに感じる。
────由良はすぐには振り返らない。
少しだけ間を置いてから、消えそうなほど小さな声で言った。
「………じゃあ、逆にさ。こんな状況で私が戻れるとでも思ってるの?」
その声音は静かだった。
別に怒っているわけでも、責めているわけでもない。
ただ、事実を確認するみたいに淡々としていて──だからこそ、余計に重かった。
男の方が一瞬だけ言葉を止める。
由良はそれ以上何も言わない。
視線だけが、さっきまで見ていたクレープ屋の向こうへとずれていく。
そこにあるのは“今”じゃない。
戻れないと分かっている場所の残像だけが、静かに滲んでいる。
「………それは、」
「戻りたいとか、戻りたくないとか……そういうことじゃなくて、”戻れない”の。私がなにかを望んでも現実は変わらない」
苦しそうに、でもどこか。
自分に言い聞かせるように───。



