『もしも』──……
こんな堅苦しい特攻服なんて着る前の、まだ何者でもないただのガキだった頃に、こいつと出会っていたのなら………。
俺たちは今の自分と同じ、こんなにも苦しくて複雑な顔をして、ここに立っていただろうか。
………それとも。
もっとずっと、何も気にせずに子供みたいに笑い合えていたんだろうか。
「………それで話は飛びますが、ココは、僕にとって思い出の場所であると共に、トラウマの場所でもあるんです。」
さっきまで穏やかだったはずのこいつの声に、急に刃物のような刺すような冷たさが混じり始める。
“思い出”という先ほどまでの柔らかな響きを、無理やり自らの手で押し潰すようにして出てきた“トラウマ”という不穏な言葉。
その瞬間まで俺の胸の中に確かに残っていた、わずかな温度が一気に引いて冷めていくのが分かった。
「………トラウマ?」
「はい」
ヒヤリ、と背中に冷たいものが落ちる。
まるで踏み込んではいけない不可侵の暗い領域に、一歩踏み込んでしまったのだと───本能がそう告げている。
月明かりの下、由良の瞳が一瞬だけ、昏く鋭い色へとその表情を変える。
さっきまで俺に向けていた柔らかさが嘘みたいに消え失せて、そこにあるのは“今ここ”じゃない景色を見ている目だった。
俺を見ているんじゃない。
今、目の前に広がっているこの穏やかな夜の海を見ているわけでもない。
もっとずっと前の、どこか血の匂いのする過去を見ているような────……。



