見えない君は大切な人




次の日の昼休み、教室の隅でパンをかじりながら、私はぼんやりと窓の外を眺めていた。


春の陽射しがガラス越しに差し込み、埃がゆるく舞っている。


隣の机――白石くんの席には、今日も誰も座っていなかった。


それがもう、日常の風景のように思えてしまっている自分がいた。


それでも、昨日、私は確かにあの机の引き出しに手紙を入れた。



『あなたには見えてるの?』



はらりと上から紙が落ちてきた。



『見えてるよ』



名前こそなかったけれど、その言葉の端々から伝わるのは、私のことを深く知っている誰かの気配だった。


「白石くんさ、遥とまた話すようになったんだね」


不意に聞こえたクラスメイトの声が、現実に私を引き戻した。


彼女は後ろの席で友達と小さな声で話している。


なのに、その一言だけは、妙にはっきりと耳に届いた。


「え? また?」


「うん。ほら、中学のとき、仲良かったじゃん。ほとんど毎日一緒にいたでしょ」


「あーそうだったね。遥のほうが、急に話さなくなって……それで、なんとなく疎遠になったっていうか。急に転校してまた戻ってき
て。少しびっくりした。もう戻ってこないと思ってたのにね」


聞き覚えのない話だった。


いや、まったく知らない――というより、どこかで聞いた気がするという違和感が、胸の内側をざわつかせる。


過去の記憶を手繰ろうとすればするほど、


それは霧の奥に引き込まれるように、遠ざかっていった。


私はこの街に、最近転校してきた。


引っ越してきた日のことは、よく覚えている。


真新しい制服と、まだ緊張していた母の声。


でも、なぜか最近になってこの街の景色は懐かしいようにも感じていた。


……なんで、だろ


転校してきたはずなのに。


初めて見る街並みに、既視感を感じるようになっていったのだ。


駅前の古い書店、川沿いのベンチ、商店街のたこ焼き屋。


たまたま似た場所が多いんだと、自分に言い聞かせていた。


でも、もしかしたら――。


いや、そんなはずはない。


この街に来たのは初めてだ。


私はパンを手にしたまま席を立ち、静かに窓際へと向かう。


ガラス越しに見える、いつもと変わらない景色。


だけど今、そのどこかに、取り残された“私”の記憶があるような気がしていた。



***