
ドアが勢いよく開けられ、中からエヴァリン王女が飛び出してきた。
「‥‥あなた‥‥」
泣きはらした顔をしてる。私を見るなり睨んできた。
「‥‥リシェル‥‥」
アレクシス先輩も驚いてる。
王女は横眼で私を睨みつけながら走っていった。
「‥‥‥‥リシェル‥‥僕は‥‥」
ばつが悪そうにしてるけど‥‥私はもう、先輩の言葉を聞いてしまった。
私は心の赴くままに先輩に抱き着く。
「もう隠しても仕方がない。僕は‥‥」
「‥‥‥‥」
それから仲が深まっていくのに、そう時間はかからなかった。
先輩と私は、少しずつ、でも確かに距離を縮めていった。
授業の後に二人きりで課題を解く時間が増え、私が作った魔法陣に先輩が「美しい構成だ」と目を細めてくれるたび、
胸の奥がふわりと熱くなる。
ある夕暮れ、研究所の中庭で風に吹かれながら、先輩がふと呟いた。
「リシェルと話していると、時間が過ぎるのを忘れるよ」
そんなことを言う人じゃなかった。だからこそ、そのひと言が心に深く残った。
その日、帰り道で私の指先が彼の手に触れたとき、先輩は何も言わずに、そっと握り返してくれた。
その優しさに、私はもう戻れないと悟った
「これを受け取ってほしい」
先輩‥‥今は私の彼。彼が私に渡してきたのは銀色のシンプルな指輪。
「これは?」
「一応‥‥婚約指輪‥‥のつもりなんだ」
「‥‥‥‥」
動揺を隠すように、私は指輪の裏側を見る。少し削れていたけど、何かの文字が彫ってあった。
「僕が傾国の魔女、フィロメリアの研究をしてる事は君も知ってるよね」
「‥‥うん」
フィロメリアは伝説の魔女。彼女のその微笑みひとつで王国は跪き、英雄たちは剣を捨てるという逸話が残っている。
ひと目で恋に落ち、ふた言で心を奪われ、三度目には命を捧げる。それが傾国の魔女、フィロメリア。
最後に彼は王をたぶらかしたとして処刑された。
「本物かどうかは分からないけど、その指輪は、彼女がしていたと言われるものなんだ。
彼女は美の魔法で、国を傾ける程の力があったと言われてる。君に何かあっても指輪が守ってくれる」
「そんな大事なものを‥‥」
「いいんだ。僕にとっては君の方がずっと大事だ」
「‥‥‥‥」
「結婚‥‥してくれるね」
「‥‥‥‥」
恥ずかしくて俯いてしまった私の顔を、彼は心配そうにのぞき込んだ。
「‥‥はい」
そう答えるのがやっと‥‥。
私はその日、初めて口づけをかわした。



