そして彼は、当然のように言った。

 「目的がなくなったんだろ。じゃあ次は俺と結婚しろ」

 「……は?」

 「俺は王だ。国の未来を考える上で、もっとも有用な女を隣に置くのは当然の選択だ」

 「あなたって、ほんとに」

 「俺様で悪かったな」

 その言い方が、少しだけ優しかった気がして、私は表情が緩んだ。

 「それにな‥‥俺が好きになった女は、リュシアーナでもなければ、フィロメアでもない‥‥リシェル‥‥本当のお前だ」

 「‥‥‥‥」

 ユリウスは強引に私を両手で抱きしめてきた。

 「お前が屋敷に転がり込んできたあの日から、お前は俺のものだ。そして残念な事に俺は途中でいなくなる事はない。

 お前の心が空虚になる隙などは与えない」

 「‥‥‥‥」

 「‥‥だからゆっくりでいい‥‥俺の事を好きになってくれ」

 「‥‥‥‥」

 私は何も返せなかった。

 心の奥で、なにか小さな音がして、沈黙がそのまま沁み込んでいく。

 ずっと望んでいたのに、ずっと届かなかった安心感。

 信じることすら許されなかった“未来”という名のものが、今、目の前で差し出されていた。

 私の手は、彼の背にそっと伸びて‥‥触れたところで、止まった。

 「私は、たくさんのものを壊したわ。もう何も残ってない。それでも、あなたは“私を好きになれ”って言うの?」

 ユリウスは少しだけ離れて、私の目をじっと見つめた。

 「残ってないなら、俺が作る。お前がもう一度、人として生きられるように、国でも時間でもくれてやる」

 「‥‥‥‥」

 なんて我儘な人だろう。

 けれど、なぜかその言葉だけが、まっすぐに心の奥に届いてしまう。

 「‥‥‥‥じゃあ、待ってて」

 私は囁いた。

 「いつかきっと、ちゃんとあなたに恋するから」

 そう言ったあと、私は彼の胸に額を預けた。

 涙は流れなかったけれど、胸の奥の張り詰めた何かが、ふっとほどけるように感じて‥‥知らない間に笑顔が浮かんでいた。




 あの日の涙も、怒りも、すべてが今に繋がっている。

 そして今の私がいる。


 だからもう一度‥‥‥‥この世界を、信じることの出来る日が来るような‥‥そんな気がしてる。