ユリウスが正面に座る王座の隣で、私は静かに立っている。

 正面に立っているのはディラン王子。

 その男が、かつてアレクシスを無実の罪で処断し、私を追放した帝国の王子だと思うとこの場で大声で笑いたくなるほどだった。

 今こうして、彼らにとって名も知らぬ女に頭を下げに来ているのだから。

 「‥‥‥‥これが、我が帝国からの文化的提案書です」

 ディランが差し出す文書には、言葉とは裏腹の屈辱が滲んでいた。

 顔を上げたとき、わずかに視線が泳いでいた。私の仮面を見つめるその瞳には、焦りと苛立ちが混ざっていた。

 エヴァリン王女は一言も発さず、ただ私の姿を睨みつけている。

 その表情にあったのは、得体の知れない劣等感と焦燥。

 ──自分より美しく、注目を集め、しかも“素性の知れない女”

 それが彼女の誇りを静かに傷つけているのだろう。

 私はいつものように何も言わずに微笑むだけ。

 けれど、その視線の重さに彼らは気づいていたはずだ。

 今はまだいい。

 私が誰なのか、彼らは知らない。

 でも──

 “その時”が来れば、今以上の屈辱が待っている。

 その瞬間の表情を想像するだけで、

 喉の奥に笑いがこみあげてくる。

 私は仮面にそっと指をかけ──静かに外した。

 場に、凍てついたような静寂が落ちる。

 私の髪は、夜を閉じ込めたような漆黒。

 肌も、瞳も、あの頃とはまるで違う。

 当然だ。

 私の姿はもう、あの教室の隅に隠れていたリシェルではない。

 “魔女フィロメリア”として再びこの場に現れているのだから。

 ディラン王子が目を細めた。

 「……誰だ。何者だ……?」

 私はゆっくりと歩を進め、仮面を机に置いた。