グランゼリア帝国は、私を中心に静かに壊れていった。

 ある老貴族は、私の控え室に宝石の詰まった箱を送りつけた。

 “ただの挨拶です”と添えられた手紙は、しっかりと私の名を手書きしていた。

 ――挨拶のつもりで帝国の財源を切り崩すとは、実に愚か――

 わざわざ王国まで来てそんな事をしてきた彼を私は陰であざ笑う。

 ある若い軍人は、夜中に密書を届けてきた。

 上官の不正を告発する内容だった。

 ――正義のため”と震える筆跡の裏にあるのは、ただの野心――

 そしてある宰相は、別の大臣の愛人の秘密を、わざわざ私に囁いた。

 その目は“これで奴を追い落としてくれ”と語っていた。

 まるで私を女神か処刑人にでも見立てているようだった。

 私はただ、微笑んで頷くだけ。

 誰が忠誠を誓おうと、誰が蹴落とされようと‥‥。

 すべては、復讐を果たす為の些細な事にすぎない。




 帝国の誇りは、もう夕闇間近の残照でしかない。

 軍では、私に媚びた将軍と、私と出会わなかった将たちが命令を奪い合い、

 前線は沈黙し、敵もいない戦で勝手に崩れていった。

 政庁はもっと酷い。

 私の名前を出せば通る案件に、誰も逆らえなくなっていた。

 政策会議では互いを睨み合いながら、私がどちらに微笑むかだけを考えて決めていたという。

 それが、かつて“孤児院上がり”と私を嘲った者たちの末路。

 街では、ヴェルゼストの噂ばかりが飛び交っていた。

 “麗しき仮面の魔女が、王を虜にし、国を変えた”

 “帝国とは比べ物にならないほど清く、美しい国だ”

 その噂は、帝国に残された最後の民心すら、遠ざけていった。

 そして──ディラン王子は、ついに決断した。

 戦うことすらできず、帝国の名を残すために。

 “文化交流”という名の外交書簡。

 中身は、ヴェルゼストへの全面協力。要するに、恭順だった。

 その文書を、かつて私を罵ったその手で、

 自ら差し出してきたのだ。