この大陸には複数の国が存在しており、帝国もその国家間でかわされた規約の一員だ。

 覇を唱えていたかつての栄光は今はない。帝国で処刑されたフィロメアは、斜陽の途中にある今の帝国ならば、

 そんな事にはならなかったはずだ。

 ――あなたの無念‥‥私が晴らしてあげる。だから、協力しなさい――

 リュシアーナとなったリシェルは、口元に不敵な笑みを浮かべた。





 「帝国は、もう崩れます」

 「‥‥‥‥」

 そう言った私を、彼はじっと見つめていた。

 銀色の髪が、夜の灯に揺れる。

 ユリウスは何も答えない。

 「交易路を断ちましょう。そうすれば、帝国は──」

 言いかけた私の言葉を、彼はひとつの笑みで止めた。

 その微笑みには、どこか人を試すような余裕があった。

 私の瞳が一瞬だけ紅く燃え上がる。

 長い時間‥‥ユリウスは沈黙したまま黙って私を見ていた。

 「‥‥保護されたばかりの者がいきなり何を言うかと思えば‥‥なるほど。俺と同じ事を考えているとは面白いな」

 「‥‥‥‥」

 思わず息を飲む私に、彼は立ち上がり、言った。

 「いい機会だ‥‥それに面白い。お前の言う通りにしてやる。

 ‥‥だが、その先に何が起きるか、お前自身が見届けろ。言い出したのはお前だ。

 俺の責任ではないのだからな」

 そう言って彼は、静かに背を向けた。

 ユリウスの決断は早く、容赦もない。

 だけどその背中に、私は不思議と、怖さよりも──信頼を感じていた。





 私が考えたのは、グランゼリア帝国を内部から崩壊させる事。その為には帝国中枢に潜り込む必要がある。

 その為には小国のヴェルゼストと交渉のテーブルについてもらう必要があるが、普通なら帝国はそんなものに耳を貸さない。

 まして、グランゼリアの実権は、病床に臥せっている皇帝ではなく、第一王子のディランと、王女エヴァリンの二人。

 弱者を見下し、慇懃無礼な態度で臨んでくるに違いない。経済的にひっ迫させて、

 隣国ヴェルゼスト王国との会談の必要性を上げる‥‥交易路を断つのはその意味が十分にあった。

 王国は帝国のすぐ西にある。王国は西部諸国との交易の割合が大きく、手前で王国が帝国に抜ける道を封鎖してしまえば、

 それだけで帝国は大きな損失を被る事になる。以前より弱体化が進んでいる今ならば、それも可能なはず。