見上げた星空に、奇跡が降る

    ―迷い猫―

 《オリオン》とのやり取りは、あの日以来、少しずつ増えていた。

 星のことを聞くと、彼はいつも詳しく答えてくれる。


 =それは光の波長の違いで――=とか、

 =地球が動いているから――=とか、


 時々難しい話もあるけれど、どれも不思議と心に残った。

 お互いの年齢の話になったのは、その日、星の色のことをやり取りしていた流れの中だった。

 =僕は十六です=

 「!」

 その言葉を見て、私は一瞬だけ息を止めた。

 同じだ。私と同じ年齢。

 それがわかった途端、画面の向こうの彼が、急に近い存在に感じられた。

 けれど、次に届いたメッセージを読んだとき、その距離は一気に遠ざかった。


 =学校では、どんなふうに過ごしてるんですか? 部活とか、やってたりします?=


 息が震えた。

 学校――その二文字は、私ができるだけ避けてきた場所だ。

 行けなくなってから、もう何年も経つのに、まだ心の奥に重く沈んでいる。

 答えようとすると、頭の中が真っ暗になって、何も言葉が出てこない。

 しばらくキーボードの前で固まっていたけれど、やっと打ち込めたのは、たった一行だけだった。


 =……学校のことは、あまり話せません=


 送信してすぐ、後悔が押し寄せた。

 もっとやわらかい言い方があったかもしれない。

 でも、それ以上はどうしても無理だった。

 間を置かずに彼から返事が来た。


 =ごめんなさい、嫌なことを聞いたなら忘れてください=


 謝らせてしまったことが、また胸を締めつける。

 それからの会話は、どこかぎこちなくなってしまった。

 少しだけやり取りを続けたけれど、空回りしているのが自分でもわかった。

 結局、その日は早く終わらせてしまった。

 次の日も、その次の日も、私はメッセージを送らなかった。

 送ろうと思えば送れた。

 でも、何を言えばいいのかわからなかった。

 そして、彼がどう思っているのかを考えると、指が動かなかった。

 夜、カーテンを少しだけ開けて空を見上げた。

 星はよく見えた。

 彼のサイトを開くと、今の様子がきちんと書かれている。


 今日も同じ空を見ている――そう思うだけで、胸が苦しくなった。