見上げた星空に、奇跡が降る

     ―迷い猫―

 曇った夜だった。

 東の空を見ようと思ってカーテンを開けても、灰色の雲が一面を覆っている。

 冷たい空気だけが、わずかな隙間から部屋に流れ込んで、頬をかすめていった。

 窓を閉め、パソコンの前に戻る。

 《オリオン》の最新の投稿には、今夜は星が見えなかったとだけあった。

 それでも、そこに添えられた短い文章が、なぜか私の中にすっと入り込んでくる。

 メッセージを送るかどうか、少し迷った。

 前に一度だけ送ったことはあるけれど、それっきりだった。

 でも、あれから毎日のように彼の投稿を読んでいることを、伝えたくなった。


 =こんばんは。先日、メッセージを送った《迷い猫》です。あれから何度もサイトを拝見させていただいています=


 送信して、ほんの数秒後に返信が届く。

 …………こんなに早く返してくれるんだ。


 =ありがとうございます。ここは自分のメモ帖のような所で、特に面白いと思えるようなものはないと思いますが、

 見て頂いて嬉しいです=


 数字や星の位置だけが並んだあの記録に、私は不思議と惹かれている。

 だから、その理由をちゃんと返した。


 =うまく表現できませんが、私が面白いと思うのは、あんなにたくさんある星の一つが、

 そんなふうに動いているんだと感じられる所です。ずっと見てても毎日同じにしか見えなかったのに、

 夜空も動いているって知ることが出来て=


 送ってから少し経って、またメッセージが届いた。


 =《迷い猫》さんは、星を見るのが好きなんですか?=


 「!」

 質問をしてくれたのは初めてだった。

 なんだか、私のことを知ろうとしてくれているようで、うれしかった。


 =好きというより、これまであまり意識していなかったのに、最近はよく空を見るようになりました。

 オリオンさんの投稿を読んでから=


 返事を打つとき、少しだけ指が震えた。

 何をどう言えば、この気持ちが伝わるんだろう。

 でも、彼はすぐにまた返信をくれる。

 =そうなんですか。もしよければ、どんなときに空を見ようと思ったのか、教えてもらえますか?=

 もっと知りたい、と思ってくれている。

 その事実が、こんなにも心を揺らすなんて。


 =うまく説明できませんが……。前は外を見るのが少し怖かったんです。でも、星のことを知ってからは、

 少しだけ窓を開けてみようと思えるようになって=


 送信するとき、胸の奥にぽっと灯がともるのを感じた。

 気づけば私も、この人のことをもっと知りたいと思っていた。

 どんなふうに星を見て、どんな気持ちで毎日それを記録しているのか――。


 画面の向こうの《オリオン》が、ただの文字だけじゃなくて、その文字の向こうにいる人間として、少しずつ形を持ち始めていた。