―迷い猫―
小学生の頃、友達と何度も走ったこの道も、今は一歩一歩が慎重になる。
街灯の下を通るとき、自分の影が長く伸びて、また縮んでいく。
影の形が変わるたびに、自分が知らない場所を歩いているような感覚に陥る。
やがて、ゆるやかな坂道が現れた。
その先に、公園の入り口を示す木製の案内板が、暗闇の中にぼんやりと浮かんでいる。
両脇には冬枯れの植え込みが並び、風が吹くたびに枝がかすかに触れ合う音が耳に届く。
足元のアスファルトから芝生に変わる瞬間、靴底に伝わる柔らかさと冷たさが混じり合い、少し背筋が震えた。
丘の上までの道は、昼間よりもずっと広く感じられる。
息を吐くたびに白い霧がゆらゆらと漂い、その向こうに夜空が開けていく。
空には、さっきよりも星が増えていた。
まるでオリオン……彼が送ってくれた夜空の写真みたいに澄んでいる。
……あと少し。
ここまで来られたことが信じられない。
「あ!」
その時、一筋の光が空に真っ直ぐ引かれたのが見えた。
もっと良く見る為に、私は公園広間の中央に立った。
「…………」
公園の中央まで足を進めると、途端に世界が変わった。
木々に囲まれていた道から抜け出し、頭上が一気に開ける。
暗闇が支配する丘の上……そこには、地平から天頂まで、何も遮るもののない夜空が広がっていた。
息を飲む。
それは、ただの「星空」なんかじゃなかった。
深い藍色の天蓋に、数え切れないほどの光が散りばめられている。
まるで誰かが硝子の皿いっぱいに銀砂をこぼし、その一粒一粒が瞬いているかのようだ。
近くの街灯や家々の灯りは、ここまでは届かない。
あるのは、澄んだ空気と、星たちの冷たい輝きだけ。
その中を、ひとすじの光が音もなく走った。
尾を引くように白い筋を残し、ゆっくりと溶けていく。
目で追う間もなく、別の光が滑り落ちてくる。
流星たちは次々と弧を描きながら消えていった。
まるで、天の川が解けて流れ出したようだった。
ひとつひとつの光は儚いのに、その瞬間の輝きは胸を打つほど強い。
数秒ごとに訪れる奇跡に、心が高鳴り続ける。
息を吸うたびに冷気が喉を刺し、吐くたびに白い靄が宙に漂って消えていく。
……きれい……。
小さく口の中で言葉を転がした。
その響きが夜の空気に吸い込まれていく。
気がつくと、視界が滲んでいた。
こぼれた涙は、頬をつたって冷たくなる。
でも胸の奥は、温かい。
あの人――オリオンも、この空を見上げているに違いない。
そう思うと、星空がただの景色ではなくなった。
光の筋が夜空を裂くたび、私は思わず手袋越しの手を握りしめた。
「……見てるよね、きっと」
涙は止まらなかった。
この涙が、孤独だけでなく、何かあたたかいものと混ざっているのを感じる。
暗闇の中でこみ上げる嗚咽を必死で抑えながら、私はただ空を見上げ続けた。
星々は静かに瞬き、流れ星は絶え間なく空を渡っていく。
もう、外の世界は怖いだけの場所じゃない。
こんな景色があるのなら、私はまた外へ出たい。
自分の足で、この広さと光を感じたい
そう強く思った。



